276 マント姿

 ゴーレムに近寄ると、そのゴーレムが膝を付き、覆われていたマントがはらりと開かれた。中身は以前と同じだな。騎士鎧のような姿だ。


 ゴーレムに吸い込まれるような形で搭乗する。俺の視界が暗闇に閉ざされる。そして閉じられた闇の中に何かが起動するかのような音と光が灯る。そして、一気に視界が広がる。


 周囲の景色が全方位に広がる。


 マントを装備しているから視界が変わるかと思ったが、中から見ると鎧と同じように透過しているな。よく目を凝らして見て、初めて、ワイヤーフレームというか、うっすらとマントらしきものがたなびいているのが分かった。


 おー、凄いな。


 ちゃんとマントがゴーレムの体と同じ扱いになっているのか。ものを持った時は透過したりはしないから、これは鍛冶士のミルファクが何かやったのかな。


 ミルファクも謎の人物だよなぁ。魔人族の里で長いこと鍛冶士をやっていたみたいだけど、魔人族ではないし、その他の蟲人族、天人族、獣人族とも外見が異なっている。大陸の種族である猫人や犬頭とももちろん違うし、あちらでも見たことがないんだよな。しいて言うなら翼のない天人族だろうか。


 短く切りそろえた黒髪の眼帯が目立つ女性。魔人族のような角も無ければ、獣人のような獣のような耳や尻尾、天人族のような翼もない。


 ……。


 いや、まさか。


 俺は似たような種族を知っている。知っているけどさ。


 それを俺はよく知っている。


 そうだ。


 ミルファクは人とよく似た姿をしている。


 俺はこの異世界に迷い込んで何処にも見ることがなかった人らしい人。いや、ノアという少女も人と同じ姿をしていたから、二人目か。


 うん、今更だけど――人、だよな。


 鍛冶士をやっていて、人種の残した遺産であるゴーレムに手を加えることが出来て、直すことも出来て、人にしか見えない容姿をしている。


 えーっと、これ、確定なんじゃあないだろうか。ここまで来れば、察しの悪い俺でも想像出来る。ミルファクって、どう考えても魔人族の里に隠れ住んでいた人種の生き残りだよな。だよなぁ。


 いや、だが、まだだ。


 まだ確定ではない。


 魔人族、蟲人族、天人族、獣人族の言っている人種が、俺が想像したとおりの人と同じ姿とは限らないじゃあないか。思い込みは危険だ。


 俺が獣人族の国でちらっと見かけた異世界人は人の姿をしていたようだったけど、それは異世界人だからって可能性もあるしなぁ。


 ミルファクに聞いてみれば分かるのかもしれないけど、どうもそれを隠しているぽいのにホイホイ聞いて良いのかどうかが……。


 こんなことで優れた鍛冶士のミルファクと敵対するくらいなら気付かなかったふりを続けた方が良い気がするなぁ。


 ……。


 ……。


 と、とりあえずゴーレムの試験運用だ。マントを身につけてどれだけ変わったか実験だな。


『では、動かします』

 右左とゆっくり足を動かす。右手左手をぐるぐると回し、ぐーぱーと、手を握り、開く。うん、動作に問題ないな。


 完全に直っている。いや、こないだの時よりも調子が良いように感じる。これならいける。


 置かれていた弓と矢を拾い、走る。


 城の中庭を駆け、城壁を飛び越える。そのまま前回更地にした広場まで走る。


 早い、早い。


 一瞬だな。


 やはり歩幅が違うのが大きいなぁ。が、人と違って速度が乗りすぎて、急に止まれないのが難点というか、性能が良すぎるんだよな。

 足を滑らせて地面を抉るようにしてブレーキをかける。


 そのまま弓と矢を持っていない方の手を地面につけ、ほぼ四つん這いのような状況で止まる。もうちょっと開けた場所なら、途中で速度を落とすとかして、こんな風に無理矢理止まらなくても何とかなるのかな。


 前回の矢の衝撃によって更地になっていた広場は、今現在、俺の努力によって草むらへと変わっている。草魔法の有効活用! これで木とか育てられたら良かったんだけど、木は草じゃあないみたいだからなぁ。管轄外のようだ。もしかすると木魔法とかもあるのかな。


 まぁ、属性自体が魔素を変換したものだから、作ろうと思えば作れるのかもしれないんだけどさ。でも、俺はまだそのレベルにまでは達していないからなぁ。


 芝生のようになった草むらでゴーレムを体育座りさせる。さて、ミルファクと機人の女王を待つか。あー、後はおまけの羽猫だな。


 しばらく待っていると二人と一匹がやって来る。今日はアダーラもプロキオンもお休みだ。まぁ、二人は二人で種族の長的な立場で忙しいからな。忙しいはずだよな? 好き勝手やっているようにしか見えないけど忙しいよな?


 だから、今日は鍛冶士のミルファクと機人の女王だけというワケだ。多分、そうだ。


『では、矢を放ちます。気を付けてください』

「分かったのじゃ」

「私のことは気にしなくても大丈夫さね」

「まーう」

 一応、身を挺して守るつもりだけど何かあったらいけないからな。


 さあ、実験開始だ。


 ゴーレムに魔力を流し込む。そして弓に矢を番え、魔力を纏わせる。


 狙う木はこの前の時と同じくらいの距離のものが良いか。前回と同じ場所だと更地になっているから、少し向きを変えて、と。


 よし、放つぞ。


 狙った木へと魔力を伸ばす。


 そして、俺は矢を放った。

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