215 透明な壁

「えーっと、なんとかなりました」

「さすがは姉さまです!」

 赤髪のアダーラがうっとりするような、何処か病んでいる目でこちらを見ている。称賛してくれるのは素直に嬉しいが、瞳に宿った色を見ると……ちょっと怖い。


「回収完了です!」

 俺がそんなことを思っている間に獣人族の皆さんがゴーレムを回収してくれたようだ。素早い。


 と。

「えーっと、怪我をした人たちは大丈夫ですか?」

 獣人族の皆さんは腕とか足とか目を逸らしたくなるほど傷だらけでボロボロだ。

「姉さま! 死んでいないのなら大丈夫です」

 どう見ても大丈夫ではないような気がする。

「御屋形様、団長の言う通りっす。数百日程度寝ていれば治ります」

 治るのか。


 って、数百日って、何ヶ月だよ! それに治るって、彼の言っている感じだと……欠損した部位が戻るとかそういう感じじゃあないよな? う、うーん。


「えーっと、傷が重い人は魔人族の里に戻ってプロ……空断に頼んで治して貰ってください」

 プロキオンなら多分、傷を治せるよな? 何とかしてくれそうな気がする。

「姉さま、ここに傷が重いものはいません。この程度、怪我のうちに入りません!」

 腕がぶらーんとしている人とか、色々と不味い人が居るようにしか見えないんだけど。

「えーっと、言い方を間違えました。戦いや行動に支障をきたす負傷がある人は治して貰ってください」

「姉さま! 獣人族の戦士にその程度の負傷で行動出来なくなるような軟弱者は居ません!」

 いや、そういうことじゃあないからね。ホント、脳筋というか、無茶苦茶だよなぁ。

「えーっと、我慢しないと行動できないような人は戻ってください」

「姉さま! それでは殆どの者が戻ることになってしまいます」

 ま、まぁ、それでも良いんじゃあないかな。

「えーっと、それでも、です」

「しかもあの魔人族に頼れというのですか!」

 あー、四種族って仲が悪いんだったか。自分たち四種族だけが種族として存在していて、それ以外は人もどきってくくって考えている割りにはさ、その四種族同士で仲良く出来ないというのは、うーん、なんだかなぁ。


「えーっと、その魔人族も獣人族も帝である自分の配下ですよね? 協力してください。空断にも自分のことを出して命令だと言ってください」

 ちょっと強くお願いする。それを聞いた赤髪のアダーラがハッと目を大きく見開き、すぐに跪く。

「帝のご命令のままに。お前たち、すぐ行動に移せ!」

 赤髪のアダーラの言葉に獣人族の皆さんが跪き、大きく頭を下げる。怪我しているんだから無理しない方が良いのに……。


「えーっと、それとついでですから、そのゴーレム素材も運んでください」

「御屋形様、任せてください」

 負傷した獣人族の皆さんがゴーレムを運んでいく。素早いなぁ。


 獣人族の皆さんはあっという間に消えてしまった。ホント、素早い。


 残ったのは……。


「まーう」


 ……。


 羽猫と赤髪のアダーラだけだった。


 あ、れー?


 誰も残らない?


 残ったのは戦力外の羽猫と戻った皆さんと負けず劣らずな負傷をしている赤髪のアダーラだけ――羽猫と赤髪のアダーラだけだ。


 う、うーん。


「えーっと、アダーラは大丈夫ですか?」

「獣人族は再生力に優れています。魔人族のような瞬時に治すことは無理ですが、時間をかければ問題ありません。特に私のような王の直系であれば、この程度の傷は数時間で治るでしょう」

 治るんだ。


 アダーラって王族関係だったのか。そういえば、そんなことを言っていたような……。


 ま、まぁ、とにかく、だから、あの獣人族の皆さんよりも再生能力が優れているってことなのだろう。ゲーム的に言えば再生系のスキルを持っているって感じだろうか。獣人族の皆さんが再生でアダーラが超再生とか、そんな感じかもしれないな。


「えーっと、分かりました。では進みましょう」

「ええ。姉さま、道案内は任せてください。透明な壁まではもうすぐです」


 こちらですという感じでだらだらと血を流している赤髪のアダーラが通路を進んでいく。


 本当に大丈夫か?


 そして、赤髪のアダーラはしばらく歩いたところで何か見えない壁に頭から思いっきりぶつかり、その頭を抑えていた。とても痛そうだ。


 見えない透明な壁って、本当に透明なのかよ。


 確かに壁だ。


 これは扉じゃあないな。


 てっきり、神域の入り口みたいなガラス扉的なのを想像していたら、うーん。これ、普通に通行止めって感じなんじゃあないか?


 とりあえず進んでみるか。


 痛そうに頭を抑えている赤髪のアダーラの横まで歩く。そして、透明な壁がある辺りに手を伸ばしてみる。


 え?


 その手を伸ばした壁の辺りにまるで水たまりに手を突っ込んだように波紋が広がる。手が壁を抜ける。


 お、抜けた。


 そのまま体を滑り込ませ、透明な壁の向こう側へ――うん、問題なく通り抜け出来た。


「えーっと、抜けられました」

 振り返り、アダーラを見る。


 げっ!


 赤髪のアダーラが恐ろしい勢いで手から血を流しながら壁を叩き続けている。何か叫んでいるようだがこちらには聞こえない。


 俺は慌てて向こう側に戻る。

「姉さま! 大丈夫なのですか! 姿が見えなくなって心配しました!」

「えーっと、大丈夫です」

 アダーラが透明な壁を叩いていた手を止める。


「まーう」

 足元では羽猫が透明な壁に猫パンチを繰り出していた。羽猫も駄目か。


 うーん。


「えーっと、この先に進めるのは自分だけのようです。ちょっと見てくるので、ここで待っていてください」

「姉さま、一人では危険です!」

 赤髪のアダーラが不安そうな顔をしている。


 うーん。


「えーっと、多分、大丈夫です」

 多分、俺は大丈夫だ。この神域は俺を守るように動いてくれている気がする。まぁ、攻撃してきたゴーレムって存在もあるんだけどさ。


 それでも、なんとなく大丈夫だという予感がある。


 さあ、この先に進んでみよう。

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