216 人工自然

「姉さま、分かりました。ここで待っています」

「まーう」

 赤髪のアダーラとついでの羽猫に送り出される。


 さあ、透明な壁の向こうに行ってみよう。


 透明な壁がある辺りに手を伸ばす。水に手を突っ込んだ時のようなかすかな抵抗とともに手が透明な壁を抜ける。


 って、手が!?


 何も無い空中で、突っ込んだ手の先が切断されたかのように消えている。こちらから向こう側は見えないようだ。


 そのまま透明な壁の向こう側へと体を滑り込ませる。


 そして振り返る。


 まるでマジックミラーになっているかのように、こちらからは向こう側の様子が見える。真剣な表情で壁を――俺が抜けた辺りを睨んでいる赤髪のアダーラ、のんきに毛繕いをしている羽猫。


 不思議な壁だ。何故、俺だけが通り抜けることが出来るのか分からない。もちろん、その原理も不明だ。やはり魔法的な力なのだろうか? いや、でも、魔力の流れは感じないしなぁ。


 後、一番謎なのは、何故、通路として映し出しているのか、ということだな。普通は通れないのだから、普通に壁で良かったんじゃあないか? 壁なのに、通路の映像が見えていると、その先に通路があるって分かってしまうじゃないか。それに、通れる人、通れない人を選別するだけなら普通に扉でも良いはずだ。


 何故、見えない壁なんだ?


 気付かれないように通れる人と通れない人を分断するため?


 いや、この見えない壁を通る時にかすかな抵抗を感じたし、水に手を突っ込んだ時のような波紋も広がっている。丸わかりだ。


 分からないな。


 この通路の先に、その答えが……あるとは思えないな。この神域を造った人でも生き残っていれば答えは分かるのだろうが、まぁ、無理だろう。この神域がどれくらいの年代のものかは分からないが、数百、それこそ数千年前の可能性だってある。魔人族のプロキオンも大昔みたいなことを言っていた気がするしさ。普通の人が生きているとは思えない。


 つまり謎のままってことだ。もやもやするが仕方ないか。


 近未来的な通路を進む。


 しばらく歩き続ける。もちろんタブレットをかざして、敵が――ゴーレムが隠れていないか確認しながら、だ。不意を突かれて怪我でもしてしまったら命に関わる。今は一人だからな。ここに俺を助けてくれる人は居ない。


 用心しすぎるくらいでちょうど良いだろう。


 歩く。


 歩き続ける。


 通路は直線ではなく緩やかな曲がり道になっている。そして、微妙な、注意しないと気付かないくらいの傾斜の下り坂になっているようだ。


 何処に向かっている?


 この長い通路はなんのためにある?


 歩く。


 歩き続ける。


 そして抜ける。


 通路が終わり、開けた場所に出る。


 そこに広がっていたのは自然豊かな空間だった。


 緑豊かな木々に、流れる小川と自然あふれる大地。眩しい太陽。


 地上……?


 いや、違う。地上のはずがない。


 生き物の――生きている感じが、無い。


 あるはずの音がない。

 あるはずの匂いがない。


 空を見る。


 太陽が眩しい。


 だが、よく見れば天井の壁があるように見える。


 大地から伸びている草に触れてみる。


 草……だ。


 匂いのしない草。


 葉っぱを掴み、千切ってみる。千切った葉っぱは魔力の塊になって消えた。霧散した。


 偽物?


 まるで自分が草魔法で生み出した草のようだ。


 大きく枝を伸ばしている木まで近寄り触れてみる。魔力の流れを感じる。


 生きている感じがしない。


 ……。


 これは……もしかして。


 魔力で、魔法で生み出した人工物か?


 生きているけど生きていない。魔法で作られた自然。


 小川に近寄って水を掬ってみる。これも、だ。


 魔力を感じる。魔法で生み出された水。


 天然物ではない。


 魔法で自然を再現した?


 俺が持っている草魔法を大規模な形で発動させたような場所だ。


 異常な場所だ。


 この空間が何処まで広がっているのか分からないが、こんな神域という建物の中に、何処まで広がっているか分からない規模の魔法による人工の自然を、世界を創るなんて異常だ。


 異常なほどの魔力だ。


 と、とにかく進んでみよう。


 油断すると迷子になりそうだが、進むしかない。


 木に目印を付けようにも下手に傷を付けてしまうと魔力になって消えてしまうかもしれないし、うーん、難しいな。


 何か光る小石でも持っていたら、ばらまきながら進むんだけどな。


 まぁ、仕方ない。


 無い物ねだりをしても仕方ないから、とにかく進むしかない。


 とりあえずは小川に沿って進んでみるか。これなら道に迷うこともないだろう。


 さてさて、この先には何が待っているやら……。

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