117 恐怖と

「あ、えーっとあり得ぬとか思っても結構ですけど、全部、筒抜けですからね。特に、知性も感じられないって言った、そこの人! 忘れないからなッ!」

 俺の言葉を聞いた魔人族の連中は驚いている。ホント、こっちがあり得ないって言いたいよ、どうなってるんだよ。


 俺の横に控えていたプロキオンが口を開く。

「帝よ。この者たちに魔法の力を見せては貰えないでしょうか」

 魔法の力?


 俺が使える魔法なんて草魔法くらいだぞ。あー、後は覚えたばかりの火花魔法。


 ……。


 火花魔法じゃあないな。正確には火燐魔法、か。でも、現状では火花を飛ばすだけの魔法だしなぁ。


 後は時魔法! 何と時刻が分かるんだぜー。


 ……。


 考えてて悲しくなるな。


 で、魔法か。


 まぁ、普通に草を生やしてみるか。


――[サモンヴァイン]――


 魔人族の連中の目の前にぽんっと草が生まれる。本当にそれだけの魔法だ。


 それを見た魔人族の反応は驚きに満ちたものだった。大きく目を見開き呆然とした表情で俺の方を見ている。何だ、この反応?


 俺はプロキオンの方を見る。プロキオンは得意気な表情で邪悪な笑みを浮かべていた。見るからに悪いことを企んでいますというような笑顔だ。


「あ、えーっと、プロキオン、これは?」

「この者たちにも分かったということですよ」

 分かった?


 何が?


「そんな、確かに、この者から、確かに魔の流れが……」

「ありえぬ、そんなはずは……」

 魔人族たちは驚いた顔のまま俺の方を見ている。


「これでも分からないとは愚かです、ね。私たち魔の者が帝の帰還をひれ伏し祝うのですよ!」

 プロキオンの言葉を聞いた魔人族たちが慌てたようにひれ伏していく。


「さあ、帝よ。私たち魔の力を存分にお使いください。この力は帝のために。もし、逆らうような者がいれば私が処分しましょう」

 魔人族は怯えたようにひれ伏している。


 ……。


 あー、これ、俺に敬意を払ってひれ伏している訳じゃないな。ただ、プロキオンの力に怯えているだけだ。うーん、魔人族にとっては、俺が、その帝とやらかどうかはまだ半信半疑なんだろうな。塔を起動したのも神域に行ったのもプロキオンだけだ。魔人語が使えようと、普通は使えないはずの魔法が使えようと、それが帝である決定的な証拠にはならない、か。でも、驚くようなことではある、か。


 まぁ、俺は別に、その帝とやらじゃなくても構わないんだけどさ。


 でも、だ。確認しないと駄目なことがある。これだけは聞いておかないと駄目だ。


「あ、えーっと、それでプロキオンは自分に何をさせたいんですか?」

 プロキオンが首を傾げる。


 いや、俺に人を倒して欲しいんじゃあないのか? 神域ではそういう流れだったよな?


「帝の望むままに」

 プロキオンは俺の方を見てかしこまっている。

「えーっと、プロキオンは人を滅ぼしたいのでは?」

「ええ。ですが、それは私たち魔のものの都合です、ね。帝は私たち魔のもの、いえ、全ての上に立つ御方です。故に帝なのですよ」


 うーん。良く分からない。

「えーっと、例えば、例えばですよ。自分が人と争うのは止めて仲良くしてくださいとお願いすれば聞いて貰えるんですか?」

 俺は別に人と敵対していないからなぁ。確かに、半獣人の姿の俺を低く見て、かなり不快な態度を取る連中もいた。俺を見下しているヤツもいた。でも、なぁ。

「ええ。帝の言われる人とは、あの人もどきのことでしょう? もちろんですよ。それが帝の望みとあらば」

 プロキオンは崇拝するかのような目で俺を見ている。いや、俺じゃあないな。俺の後ろ? 中にあるものを見ているのだろうか。


「な! そのようなことが認められるか!」

 だが、他の魔人族は違ったようだ。魔人族の中の一人が伏していた顔を上げ、俺の方を見る。その目は怒りに歪んでいる。


「帝の御言葉ですよ」

 プロキオンが指を鳴らす。その瞬間、俺の方を怒りの目で見ていた魔人族の腕が消えた。そう、消えた。綺麗な切断面から血が噴き出す。


 お、おい、何をやった?


「これはプロキオンが?」

「ええ。立場を分からせた方が良いと思い行いました」

「やり過ぎだよ!」

 俺の言葉を聞いたプロキオンが少し困ったような顔でこちらを見る。

「この程度、すぐ元に戻りますよ。確かにかなり魔力を消耗するでしょうが、それは自業自得でしょう」

 治るのか。


 魔人族にとってはこの程度はたいしたことじゃないのか? 俺は腕が消えた魔人族を見る。腕を押さえ、耐えきれない痛みに転げ回っている。とてもじゃあないが、治るから大丈夫って感じじゃない。


「えーっと、出来れば控えて欲しい」

「帝が言われるのであれば。ですが、魔のものは力が全て。これは上下を分からせるためにも必要なことだったと言い訳します。例外は帝のみです」


 う、うーん。


「さあ、長旅でお疲れでしょう。休む場所はこちらですよ」

 ひれ伏している魔人族を無視するようにプロキオンが歩いて行く。俺は慌ててプロキオンの後を追いかける。


 プロキオン、ヤバいなぁ。


 一言で言うと狂信者か?


 ま、まぁ、魔人族全体がプロキオンほどの力を持っている訳じゃあなかったのは良かった。プロキオンが特別なんだな。


 ……良かったか?


 分からない。


 これ、俺はどうするべきなんだろうか。


 プロキオンは俺の好きにして良いって言ってたけどさ。


 じゃあ、どうするんだよ。


 人と魔人族が仲良く暮らせるように間を取り持つ? いやいや、無理だろ。俺はどちらに対しても、そこまでする義理がない。それに、だ。それは俺の器じゃない。俺はそこまで大きな器じゃない。俺は自分のことで手一杯だ。


 ……。


 そうだよ、自分のことだよ。


 最初の頃と一緒だ。


 重要なのは自分のことだ。


 この世界で生きていけるだけの力を得る。


 それだけだ。


 強くなる。


 それだけだ。


 まずは、それだな。


 次は俺が暮らしやすいように快適な生活を手に入れる。


 うん、そうだよ。


 それが重要じゃないか。


 幸いにも俺は魔人族という力を得た。それはプロキオンの恐怖支配がもたらす力だけどさ。そこはアレだ、地道に関係を改善していけば良い。仲良くなっていけば良い。


 うん、そうだ。


 よし、方向は決まった!


 いや、決まっていた、だな。


 後は地道に頑張るかな。

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