098 みず
寝て、起きる。
少し体力を消耗している。気怠い感じだ。寝ている間に虫にでも噛まれたのだろうか。いや、昨日のが悪かったのかもしれない。
正直、怠い。
……。
だけど、動かないと駄目だ。こんな草原と森が混じったような自然あふれる場所では休めない。テントがあれば……いや、せめて寝袋があれば違ったかもしれない。
……。
歩こう。
立ち上がる。鞄を背負い、草紋の槍を持つ。
歩く。
足首くらいまで草が伸びているが黒獣のブーツのおかげで苦にならない。足が汚れないのも素晴らしい。だが、蒸れそうだ。脱ぐと大変なことになってそうだ。正直、何処かで水浴びでもしたい気分だ。
……。
そうだ。水だ。水を飲もう。水に困らないよう大きな皮の水筒を三つも買っている。水は貴重なライフラインだからな。なくなって困ることがないよう大切にちびちびと飲んでいる。まだ充分に残っていたはずだ。後、一個半分くらいかな。
水筒に口をつけ、飲む。
……。
うげっ。
その水を吐き出す。
水が不味い。何だ、これ。
水草を飲んだような、池の水を飲んだかのような変な味がする。皮の水筒だから、皮の匂いが移ったのか?
水筒から水を流し確認する。水の色が苔でも浮いているかのような色に変わっていた。変色している。
他のも、か?
三つの水筒全てから水を落とし確認する。全て変色している。
もしかして、腐った?
水にカビが生えたのか?
皮の水筒って日持ちするんじゃあないのか。腐るのかよ。冗談じゃあない。もしかして、水、全滅か。火を通せば……って、どうやって? 水を入れる鍋なんてないぞ。この皮の水筒ごと火にかけるのか? 無理だろ。無理だ。
ああ、クソっ!
失敗した。
あの小川を通った時に水を補給しておけば――失敗した。
水筒ではなく、水を生み出す魔石にしておけば良かった。ああ、そうか。馬車の旅の時に水筒ではなく、魔石だったのは、腐らないように、か。
……。
何の経験もなく、いきなりの遠出は無謀だったか。無謀だったのか。
しっかりと準備したつもりが準備不足。
あの銀のギルド証を持った犬頭に頼らず、リンゴか狼少女を頼るべきだった。二人はまだ王都に居ただろうから、探して頼るべきだった。
失敗ばかりだ。
後悔しても時は戻らない。今から王都に帰ることも出来ない。
進もう。
水分は――最悪、サモンヴァインの魔法で呼び出した草を噛んで誤魔化そう。
歩く。
ん?
遠くにひらひらと羽ばたいているものが見える。ちょうちょか。花畑でもあるのかな。
歩く。
歩く。
ん?
羽ばたいている蝶のサイズがおかしい。大きくないか?
俺の存在に気付いたのか、蝶がこちらへと飛んでくる。
……デカい。
小さな子どもくらいあるぞ。妖精的な存在かと思ったが、その中心部にあるのは芋虫のような姿だ。正直、グロい。
デカい虫なんて気持ち悪いだけだ。
大きな蝶が鱗粉をまき散らし、飛ぶ。
粉?
っと、そこで喉が焼けるような痛みを感じる。
鱗粉?
不味い。
蝶は、こちらが届かない高さを飛び、鱗粉をまき散らしている。すぐに鼻と口をマントで隠す。鱗粉がマントに付着する。そこから小さな火が走る。
燃える?
ヤバい。
魔獣か?
攻撃を受けている。
マントを動かし鱗粉を弾く。不味い、不味い。
鱗粉は宙を舞っている。無数の鱗粉が漂っている。燃える鱗粉。不味すぎる。
あの飛んでいる蝶を何とかしないと。
だが、蝶はこちらの攻撃が届かない高さを飛んでいる。槍では届かない。不味い。このままだと殺されてしまう。鱗粉が起こしている火は体が燃えるほどではない。だが、これを吸い込んだら? 肺が焼けて大変なことになるだろう。
早く、何とかしないと……。
でも、どうやって?
槍は届かない。投げるか? だが、外したら?
弓と矢が――いや、せめて攻撃用の遠距離魔法があれば……。
魔法?
そうだ。俺には遠距離魔法があった。あるじゃあないかッ!
――[サモンヴァイン]――
蝶の羽を指定して草を生やす。草が生えたことでバランスを崩したのか、蝶がその体を揺らす。
よしッ!
――[サモンヴァイン]――
――[サモンヴァイン]――
――[サモンヴァイン]――
蝶の羽に次々と草を生やす。
蝶の体が傾く。草の重さに耐えきれなくなったのか、蝶が落下する。
落ちてくる。
俺はマントで口を隠し駆ける。
――《二段突き》――
落ちてきた蝶を、その複眼と複眼の間を――眉間を狙い残像が見えるほどの連続突きを放つ。
蝶が、異様なほど鋭い金属のような歯をカチカチと鳴らし暴れる。おいおい、凶暴だな。こんな歯で噛まれたら肉がえぐり取られそうだ。
もしかして、この蝶って肉食なのか?
魔獣だもんなぁ。
さらに突く。草紋の槍を突き刺す。
蝶が暴れ、大きく鱗粉をまき散らす。マントに包まり耐える。マントを買っておいて良かった。
やがて、巨大な蝶は動きを止めた。
こんなのが居るなんてな。さすがは異世界。洒落にならない。
マントを見る。
……。
マントは焦げ付きボロボロになっていた。穴は空いていない。だが、いつ空いてもおかしくないような状態だ。買ったばかりなのに酷い。
大きなため息が出そうになる。
って、喉が痛い。
水が欲しくなる。
水。
……あ。
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