089 仕事
「頼まれていた魔法の槍は直りましたよ」
俺の前に草紋の槍が置かれる。
確かに直っている。ヒビが消えている。元通りだ。
俺は、その直った草紋の槍を受け取るべく手を伸ばす。だが、その俺の手が空を切る。
見れば若いローブの男が草紋の槍を持ち上げていた。
「えーっと、どういうつもりで?」
「この魔法の槍はお渡しします。ですが、その前に、もし良ければ一つ仕事をやってみませんか?」
仕事?
今から、か?
まぁ、まずは……。
「あー、えーっと、とりあえず借りていた制服は返します」
若いローブの男の前に畳んだ制服を置く。借りたものは返さないとな。
「えーっと、それで、その仕事というのは強制ですか?」
そして、そのまま若いローブの男を睨むように見る。返答によっては色々と考えることになる。
正直、この王都は不快だ。何かあった訳じゃあ無い。だけどなぁ。
「いえいえ、強制ではありません。ただのお願いですよ。魔人族を退けた優秀な探求者のお嬢さんにお願いしているだけですよ」
魔人族?
ああ、あの山で崖から蹴落とした山羊角のことか。
「もちろん報酬もあります。まず、大陸貨で銀貨五十枚です」
辺境貨ではなく、大陸貨、か。
「えーっと、大陸貨ですか?」
「ここ、王都内では使われている硬貨の殆どが大陸貨ですからね。辺境貨は殆ど価値がありませんよ」
なるほどなぁ。
って、ん?
ちょっと待て、ちょっと待て。
報酬を貰ったよな。
俺、護衛の報酬を貰ったよな。
その時に貰ったのは辺境貨だったよな。
……。
そうか、そうかよ。そういうことかよ。
確かにさ、あの時は銀貨五百枚って凄い大盤振舞だぁって思ったよ。でも、そこに、そんな理由があったのかよ。
つまり、コイツらにとっては銀貨五百枚でも辺境貨なら、あまり痛くないってコトか。
ちょっと待てよ。俺、王都の中でも何処かで服が買えないかまわったよな? つまり、その全てがどちらにしても無駄だったのか。
「えーっと、それで?」
「後は、そうですね……」
若いローブの男は顎に手を当て、何か考え込んでいる。
いや、報酬の話は良い。確かに報酬は重要だ。
でも、それ以前の話だ。
「まずは何をさせたいのか教えてください」
そうなのだ。
俺に何をさせたいのかが重要だ。
「ああ、すいません。まずはそちらですね」
いや、違う。まずは、その草紋の槍を渡せよ。
話はそれからだ。
だが、若いローブの男はそんな俺の考えを無視して話を続ける。
「頼みたいお仕事は簡単なことです。忘れられた塔の清掃ですよ」
清掃? 忘れられた塔って、あの、この世界の何処からでも見えている巨大な塔のことだよな?
「掃除ですか?」
「いえ、清掃です」
いやいや、一緒の意味だろ。塔の雑巾がけでもするのか? まぁ、巨大な塔だからな、沢山の人が必要だろうな。
「えーっと、それは?」
「塔に巣くっている魔獣を倒すってことですね」
なるほど。
それも清掃と言えば清掃か。塔に巣くっている魔獣を処分して綺麗にするってコトだもんな。
「塔までの高速馬車もこちらで用意しましょう。さらに、倒した魔獣の素材、魔石はその場で買い取りますよ」
若いローブの男が、どうです、と言わんばかりに得意気な顔でこちらを見ている。
確かに好条件だ。
しかし、色々と思うところがある。ありすぎる。好条件過ぎて怪しすぎる。
「何故、自分ですか?」
「最初に言ったでしょう。魔人族を退けた優秀な探求者を雇いたいだけですよ」
魔人族?
……。
嫌な予感しかないな。
「ええ、そうですね。魔人族が忘れられた塔を狙っているという情報が手に入りました。今回の清掃は、その対策でもあります」
若いローブの男は草紋の槍を持ったまま器用に腕を組み、真面目な顔でこちらを見ている。
「魔人族はその特殊性故に対抗するのが難しいのです。それこそ王族の力を借りないと厳しいかもしれませんからね。それをどのような力を使ったのか、倒した優秀な探求士が居ると聞けば、頼るのは当然でしょう」
若いローブの男は、そんなことを言っている。だが、どう見ても頼っている態度ではない。
協力するのが当然だとでも言わんばかりの態度だ。
「えーっと、まずは槍を返してください」
「ああ、そうですね。すいません」
若いローブの男から草紋の槍を受け取る。
やっと返ってきたよ。この槍を直すために護衛の仕事を受けて、この王都まで長旅をして……。
あー、そういえばギルドの試験も途中だったな。戻ったら試験を終わらせないとなぁ。
で、ここの清掃の仕事を受けるか、どうかだが……。
「えーっと、分かりました」
「ええ、それでは……」
話を続けようとした若いローブの男の言葉を遮り、俺は首を横に振る。
「えーっと、今までお世話になりました」
お断りだ。
そう、こんな仕事を受ける必要は無い。
「断る、と……本気ですか?」
若いローブの男は驚いた顔でこちらを見ている。
「えーっと、しっかり言葉にしないと分かりませんか? お断りします」
「半分の子が受けられるような依頼じゃないですよ。王都の魔法協会がここまで好条件を出して依頼をしているのに、断るのですか?」
あー、なるほどな。
結局、そこか。
偏見があるんだろうな。
下の者は従うのは当然、と。まぁ、それでも表面上は丁寧な対応をしてくれている分、この若いローブの男はまだマシなのかもしれない。
だけどなぁ。
ここで断ったことで俺の立場は不味いことになるかもしれない。でも、ここが、この世界の全てじゃあないだろ?
それに、だ。半分の子である、俺の立場なんてもとから低いからな。気にするだけ無駄だ。
こんな上からの依頼、受けるかよッ!
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