068 生存

 馬車に繋がれている馬のような存在は無事だ。殺されていない。まぁ、もし、弓で、この蜥蜴もどきが殺されたとしたら、さすがに弓使いの存在に気付いただろう。幌の中で隠れていたおっさんや馬車で隠れて見えなかった山賊たちとは違う。だから、バレないように、このダチョウのような蜥蜴を殺さなかったのかもしれない。


 しかし、だ。いくら隠れていたとは言っても、相手に悲鳴を上げさせず、全て一撃で殺しているのは……。


 恐ろしい腕前だ。


 俺が矢に気付いて打ち落としたのも、もしかすると、弓使いが、あえて気付かせるように矢を放ったから出来たことなのかもしれない。


 隠れていた魔人族が姿を見せたのも、こちらの注意を馬車の後方へ向けるためだったのかもしれない。


 完全にしてやられた。


「喋っていたの、何?」

 俺がそんなことを考えていると、狼少女が話しかけてきた。


 喋っていた? この狼少女は何を言っているのだろうか。俺は別に独り言なんて呟いていないはずだ。そりゃあ、頭の中では色々と考えているけどさ、でも、口には出していないはずだ。


 ……出していないよな?


 分からない。

「えーっと、すいません。何のことです?」

 だから、素直に聞いてみた。

「魔人族と」

 狼少女の言葉。


 魔人族?


 ……。


 あ、ああ! そうか。そうだよな。そういえば、俺、魔人語で普通に会話していたか。いつの間にか魔人語を習得していたからなぁ。この狼少女は魔人語は分からないんだな。なるほど。だから、話していた内容が気になる、と。


 改めてタブレットを見る。そこには魔人語という項目、その横に『3』という数値が並んでいた。これがあるから、俺は会話が出来るワケなんだけどさ。


 って、ん?


 レベルが上がっていない。『10』のままだ。


 俺が倒したのは山羊の角を持った魔人族と山賊一人だ。そのどちらも崖下に落としている。


 魔人族や山賊ではレベルが上がらないということだろうか。恐ろしい強敵だったのに、そんなことがあるのか。


 いや、違う。


 もしかして生きているのか。


 俺が倒した魔人族と山賊は二人とも崖下に落としている。生き延びている可能性は充分に……ある。


 あの強さ、あれが生きているのか。あんなのが復讐に来たら、俺、簡単に殺されるぞ。さすがに次も草魔法が通用するとは思えない。


 ま、不味いなぁ。


 強くなる必要がある。次に出会った時は普通に戦えるくらい、強くなる必要がある。キツいな。なんというか、ハードモードだよなぁ。もっと、こう、さ、俺を接待してくれるようなさ、あっても良いじゃん。優しい世界が、さ。


「それで?」

 俺は狼少女の言葉で現実に戻る。ああ、そういえば、聞かれていた。


 えーっと。


 何を喋っていた、か。

「分かりません」

「そう」

 それだけ言うと狼少女は静かになった。もしかすると体の傷が痛むのかもしれない。喋られないほどの痛みに耐えている、とかさ。


 で、ヤツの話していた内容だけどさ。


 良く分からないんだよな。あの山羊角の魔人族の目的は塔の鍵とやらを手に入れることだったようだ。だけど、それは共通語で喋ってくれていたしなぁ。


 結局、ヤツとの会話は噛み合わない良く分からないものだ。ただ、俺が覚悟を聞いただけ。それだけの会話だ。


 ん?


 あれ?


 ヤツの目的は塔の鍵を手に入れること?


 俺たちの仕事はおっさんの護衛……だよな? 犬頭が護衛だって言ってたからな。それで、そのおっさんが殺されて……って、おかしくないか? いや、おかしくないのか。塔の鍵を手に入れるのにおっさんが邪魔だった。だから、殺した?


 ん。んんー。


 何か引っ掛かるんだよなぁ。


 まず、塔というのが分からない。塔と言えば、何処からでも見える、あの塔しか思い浮かばないけどさ。だけど、その塔は、もう探索済みで何も残っていないような場所なんだろう? そんな場所の鍵が必要だろうか。


 となると、別の場所か?


 いや、それよりも、なんで、鍵だ。鍵なんだ? 俺たちは、その鍵とやらを運んでいたのか? だから、襲われた? だったらさ、そもそも何で鍵を運ぶ必要があるんだって話になるよな。


 考えられるのは、はじまりの町が襲われて、防壁がなくなって危険だから、王都まで運んでいる、とかか。


 うーん。


「乗って」

 俺が考え込んでいると、また狼少女が声をかけてきた。


 乗って?


 えーっと、それって?


「王都まで急ぐ」

 ん?


 ああ、ここからは馬車で運んでくれるのか。


 俺は馬車に乗ろうとする。だが、それを狼少女に止められる。


 ん?


「あれも」

 あれ?


 何のことだ。


「早く、乗せて」


 ……。


 あ、ああ!


 俺はそこで思い出す。馬車の近くで大の字になっているリンゴの存在を――すっかり忘れていた。


 リンゴを置いては行けないよな。


 俺は眠っているリンゴを担ぎ上げ、馬車の中に突っ込む。


 さて、と。


 ついでに落ちている山賊が持っていた武器も拾っておくか。売れば小銭になるだろうし、鉄製だからな。今、俺が持っている青銅の槍よりは活躍してくれるだろう。


「早くして」

 狼少女に急かされる中、武器を集め、馬車に乗り込む。


 ……。


 そこには胸に矢が刺さったおっさんの死体が転がっている。

「死体と一緒かぁ」

 王都まで死体と一緒か。酷い旅になりそうだ。

「死体じゃない」

 だが、御者台に座っている狼少女はそんなことを言っていた。


 ん?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る