067 失敗

 殺し合いの覚悟、か。


 そんなもの、俺には無い。


 撃ってもいいのは撃たれる覚悟が――みたいな有名な台詞があったよな。だが、俺に、そんな覚悟はない。撃たれたくないから、殺されたくないから抵抗するだけだ。


 それだけだ。


 そっちの側にまわりたくないだけだ。


 まぁ、出来れば草魔法は使いたくなかったんだけどな。だけど、仕方ない。仕方ないよなぁ。生き延びること優先だ。奥の手だからって隠して、隠したまま死んだら洒落にならないもんな。


 ……。


 俺は倒れ動かなくなっている狼少女のところへ向かう。

「大丈夫?」

 気絶していたと思われる狼少女がゆっくりと目を開ける。そして、こちらを見る。


「えーっと、大丈夫?」

 俺はもう一度、声をかける。

「そう、見える?」

 見えない。着ている服はボロボロで血まみれだ。山羊角に踏み潰された右腕は変な方に曲がっている。どう見ても大丈夫じゃない。だが、死んでいない。生きている。


 助けることが出来た。


 狼少女が口を開く。

「ヤツは?」

「崖の下に落としましたよ」

「そう……困った」

「えーっと、何が?」

「傷。回復薬が馬車の中」

 狼少女が、ゆっくりとこちらへ手を伸ばす。俺は、その無事な左手を握り、助け起こす。そして、肩を貸す。

 そのまま二人で幌馬車の方へと歩く。


 その幌馬車の近くではリンゴが倒れていた。弱々しくだが、息をしている。生きている。

「大丈夫?」

 声をかける。すると、ズタ袋の中のリンゴの目が開いた。

「あ、うむ。だ、大丈夫なのだ。回復までもう少しかかると思うのだがな」

 元気そうだ。正直、かなり良い勢いで――普通の人なら死んでいてもおかしくないくらいの勢いで吹き飛ばされていた。さすがはリンゴだな。この頑丈さと回復力はうらやましいよ。


「タマちゃんには助けて貰ってばかりなのだ」

 リンゴがゆっくりと上体を起こし、そのまま空を見る。仕方ないよ。あんな化け物みたいな相手が出てくるとは思わなかったからな。俺も、草魔法が使えたから何とかなったけどさ、ここで殺されていてもおかしくなかった。そう、おかしくなかったんだよな……。

「お互い様、お互い様。俺もリンゴに助けて貰っているから」

 リンゴがこちらを見る。そして無言で、ゆっくりと拳を握り、持ち上げる。俺も拳を伸ばす。拳と拳がコツンと触れる。


「少し眠るのだ」

 そのままリンゴが倒れる。大の字になって眠る。体を再生させているのだろう。元気そうに見えるが、実際はボロボロなのだろう。


「こちらも」

 肩を貸していた狼少女が呟く。あ、ああ。こっちも大怪我だったな。別に無視していた訳じゃないからな。


 幌馬車へ。


 狼少女の回復薬を探すために幌馬車を覗く。


 ……。


 そこで、俺は――息が止まった。声が出ない。


 その光景が、


 ……。


 幌馬車の中にいたおっさんが、さっきまで優雅にお茶を飲んでいたおっさんが……死んでいた。胸に矢が刺さり死んでいた。


 矢が刺さっている。


 致命傷だ。


 これで生きていたらおかしい。


 矢。そう、矢だ。


 山賊の中に弓使いはいなかった。隠れていた魔人族も弓は持っていなかった。そもそも、矢は前方から飛んできていた。魔人族は馬車の後ろから現れた。おかしいじゃあないか。


 ……。


 つまり、もう一人いた。


 隠れていた。隠れていたんだ。


 気付けなかった。分からなかった。


 俺は馬車の向こう側を――前方を見る。


 ……。


 俺とリンゴで鎮圧した山賊の胸にも矢が刺さっていた。


 ……死んでいる。


 殺されている。


 なんだ、これ?


 仲間じゃないのか。


 なんで、こんなことを――口封じか。それで殺したのか。


 俺は失敗した。気付けたはずだ。考えれば分かったはずだ。なのにッ!


 俺は狼少女を見る。

「護衛……失敗です」

 肩を貸している狼少女が小さなため息を吐き出す。

「そこ、そことそこ。薬」

 へ?


 あ、ああ。


 そういえば、この狼少女のために薬を取りに来たんだった。大怪我だもんな。死んでいる人よりも生きている人だよな。分かってるさ。


 でも、なぁ。


 ……俺は少し釈然としない気持ちになりながらも言われるままに幌の中に入り薬を探す。


 胸に矢が刺さり死んでいるおっさんを今は見ないようにして薬を探す。


「えーっと、これ?」

「違う。そっち」

 言われるままに薬を見つけ、渡す。


 狼少女が薬を受け取り、それを飲む。

「次」

 次の薬を渡す。


 狼少女が片手で器用に服を切り裂き、渡した薬を塗る。痛いのか、少し顔を歪めている。治療中だ。薬でどの程度治るのか分からないが、馬車を動かせる程度にはなって欲しい。


 いや、それどころじゃないな。


 護衛対象が死んでしまった。殺されてしまった。しかも敵に逃げられた。逃げられている。


 あの、魔人族は倒した。だけど、それだけだ。


「えーっと、どうしよう」

 狼少女がため息を吐き出す。ため息を吐き出している場合じゃないと思うんだけどなぁ。

「大丈夫」

 どう見ても大丈夫じゃない。


 ホント、どうするんだ、これ。

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