065 逆転

 そう、魔人語だ。


 ……。


 つまり、だ。こちらに話しかけた訳ではなく、独り言なのだろう。


「下がって」

 狼少女がもう一度呟く。


「えーっと、それは……」

 狼少女が小さなため息を吐き出す。そして、俺を無視し、紅く燃える剣を地面にこすらせるほど下げ、そのまま駆ける。


 ローブを守るように山賊の三人が動く。


 狼少女がローブを目指し駆け抜ける。そう、駆け抜けたのだ。


 一瞬だ。


 次の瞬間には三人の山賊が崩れ落ちていた。


 強い。


 この狼少女は俺が苦戦した相手を駆け抜けながら斬り伏せた。それも一瞬の間に、だ。俺には見えていた。山賊たちが斧や剣を振るうよりも早く、狼少女は、その山賊たちが武器を持っている手を狙い、それらを跳ね飛ばしていた。しかも、それだけじゃない。その紅く燃える剣を振り抜いた衝撃波で、相手の山賊を吹き飛ばしている。衝撃波は剣の性能によるものなのか、それとも狼少女の技によるものなのか、どちらか区別はつかない。だが、どちらにしても、狼少女が強いということには変わりない。


 三人がほぼ同時に倒されたように感じた。それほどの早さだ。


 そして、そのままローブへと斬りかかる。ローブの下から青い手が伸びる。その青い手が狼少女の紅い剣を掴む。


 動かない。


 紅い剣の動きが止まる。押し切れないようだ。


 狼少女が紅い剣を押し込むように力を込めながら叫ぶ。

「向こう!」

 こちらへと振り返る余裕はないようだ。って、向こう?


 ……。


 あッ!


 俺はそこで気付く。俺は何をぼうっとしていたんだ。戦っているのは俺だけじゃない。リンゴも、だ。狼少女の言っていた「下がって」は、邪魔だからどけろ、ではなく、ここは任せてリンゴを助けに行けってことだったのか! いや、もちろん、邪魔だって意味もあるのだろう。だけど、だ。そんなことはどうでも良い。


 リンゴを助けに行くことが重要だ。


「分かった!」

 俺は、この場を狼少女に任せる。突如現れたローブ野郎は不気味だが、この狼少女は、俺が苦戦した山賊たちを瞬殺するような強さなんだ。任せて大丈夫だろう。

 俺とリンゴが向こう側を片付けて戻って来れば、三対一だ。逆転する。


 俺は青銅の槍を持ち、幌馬車の向こう側へと走る。


 そちらではリンゴが槍持ち二人と剣持ちを相手に一人で耐えていた。手に持った盾で二方向からの突きを防いでいる。

 さすがリンゴだ。上手い。だが、持っている武器が斧だからか、上手く攻めることが出来ないようだ。槍の間合いに邪魔されている。

 防ぐことは出来る。だが、攻撃する手段がない。


 まるでこちらの戦力を把握していたかのような配置だ。


 でも、だ。


 俺たちは狼少女の戦力を温存していた。隠していた。いや、もちろん、それは俺が考えてやったわけじゃない。でも、だ。そのおかげで逆転出来る。


 俺とリンゴが一緒に戦えば逆転出来る。


「リンゴ!」

「うむ」

 ズタ袋をかぶったリンゴが盾を構えたまま頷く。


「なに! どうやって! 向こうはどうなっている!」

 現れた俺の姿を見て、山賊たちが驚いている。俺にも分かる言葉だ。こいつらが喋っているのは共通語、かな。


 俺の登場に驚いたくらいだからな。こいつら、幌馬車が壁となって向こう側の状況が見えていなかったのかもしれない。


 山賊の一人が俺へと突きを放つ。だが、その一撃を素早く動いたリンゴが盾で弾く。


――《二段突き》――


 その隙を狙い、俺は青銅の槍を使って『二段突き』を放つ。槍が二つに見えるほどの連続突き。だが、その一撃は躱されてしまう。リンゴが槍を弾き、体勢を崩しているはずなのに、それでも躱されてしまう。


 だけど!


 そうなるのは分かっていたよ。分かっていたさ。


 体勢を崩した状態で、さらに俺の『二段突き』を無理矢理躱した。次はない。その山賊の目の前には盾を持ったリンゴが立っている。そう、次は躱せない。


 リンゴが盾を振り下ろす。


 山賊は回避することが出来ない。後頭部に強烈な盾の一撃を受ける。そのまま白目を剥き倒れる。死んではいないだろうが、当分、起き上がることは出来ないだろう。


 う、うーん、しかし、だ。リンゴは斧を扱うよりも盾だけで戦った方が強いんじゃあないだろうか。


 ……。


 ま、まぁ、うん。まだ戦いの最中だ。敵はあと二人残っている。


 俺は気絶した山賊が落とした槍を拾う。鉄製の槍だ。青銅の槍よりも優れているだろう。その鉄製の槍を左手に、青銅の槍を右手に持つ。


――《二段突き》――


 槍持ちの山賊を目掛けて青銅の槍で『二段突き』を放つ。山賊が舌打ちしながら、それを躱す。


――《二段突き》――


 そこを目掛けて左手の鉄の槍で『二段突き』を放つ。山賊は回避することが出来ず、無理矢理動かした自身の鉄の槍で受ける。これを受け止めるかよッ! こ、こいつらッ! 本当に、何故、山賊をやっているのか分からないような連中だ。


 俺の攻撃を邪魔するように剣持ちの山賊が動く。だが、俺にはリンゴがいる。その動きを封じるようにリンゴが立ち塞がる。リンゴに任せれば安心だ。


――《二段突き》――


 俺はもう一度、青銅の槍で槍持ちの山賊を目掛けて『二段突き』を放つ。槍持ちの山賊が、その一撃を槍の柄で何とか受け止める。


――《二段突き》――


 そこを目掛け、鉄の槍で『二段突き』を放つ。それすらも山賊は何とか受け止める。


――《二段突き》――

――《二段突き》――

――《二段突き》――

――《二段突き》――


 何度も、何度も左右の槍で『二段突き』を放つ。山賊は俺の勢いに押され、どんどん後ろへと下がっていく。


 防がれる? 火力が足りない? なら、もっと数を増やせば良い。初歩の技だもんな。一撃必殺のような使い方が間違っていたんだ。普通の突きの代わりに使えば良かったんだよ。


 『二段突き』で槍持ちの山賊を追い詰めていく。


「こ、こいつ、初歩の技とはいえ、どうやって、連続で……」

 山賊の驚きの声。だが、その続きを喋ることは出来なかった。


 俺の攻撃に押され続け、後退し続けた山賊は、下がりすぎてしまった。俺たちが、今、戦っているのは、山の中腹にある崖沿いの道だ。


 そう、崖だ。


 山賊が驚きの表情でこちらを見る。そして、その表情のまま、叫び声を上げ、崖下へと落ちていった。


 ……。


 助からないだろうな。


 残るは剣持ちの山賊だけだ。


 そして、その戦いも終わる。リンゴが相手の剣撃を全て防ぎ、その背後から俺が二本の槍で突く。

 少し時間はかかったが、最終的にリンゴの盾の一撃を受け、剣持ちの山賊も白目を剥いて倒れた。


 こちらは片付いた。


 後は、狼少女が足止めしている、あのローブ野郎だけだ。


「リンゴ、彼女が向こう側で戦っています。助けに行きましょう」

「うむ。片付けるのだ」


 さあ、ここから逆転だぜ。

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