025 契約
「えーっと、それで、試験って何をするんですか?」
黒毛の猫人マスターのクロイは何も答えない。
……。
ま、まさか、何も考えていないのか? 考えていなかったのか。
いやいや、でも試験はやっていたんだよな? 今まで試験をやっていたんだよな? なのに、何故、答えられない。
……これは、何か嫌な予感がする。
そして、しばらく待ち、やっとクロイが口を開く。
「まずはタマさん」
「えーっと、はい」
クロイがテーブルの上の書類に肉球の突いた指をのせる。
「契約をしましょう」
ん?
んん?
契約?
えーっと、やっぱり組合員になるために試験をやりますよって話じゃなかったか? 何故に契約?
「えーっと、この契約というのは、ここの組合員になるための、ですよね?」
目の前のクロイが頷く。
「それは……」
「はい。少し変則的になりますが、タマさんに加入して貰い、その後の……見習い試験という形になります」
あー、はい。そうか。そういう感じになるのか。
で、契約か。
「タマさんは自分の名前は書けますか?」
クロイが猫のような指でテーブルを叩き、とんとんと鳴らす。その指の下には羊皮紙のような紙があった。これが契約書なのだろう。
文字、名前、か。
多分だが、クロイの指の下にある羊皮紙に名前を書けば契約完了なのだろう。それらしい項目が見えている。
「書けないようであれば、私が見本を書きますので、それを真似て同じように、こちらの紙に書いてください」
なるほど。こちらでも契約書に名前を書くのは自分自身じゃないと駄目なのか。だから、見本を見せてくれると言っているワケだな。まぁ、うん、契約書って直筆が基本だもんな。それはこちらでも同じ、と。
よく見れば契約書の下にも羊皮紙が置かれている。そちらには最初から文字が書かれているようだ。
えーっと、これは、多分、契約内容に関することだな。何だか思っていたよりも現代に近い感じだなぁ。ここだけ異世界感が薄い。
まぁ、いいさ。
契約をしよう。
クロイが用意してくれた羽根ペンを使い名前を書く。この羽根ペン、不思議なことにインクを必要としない。インクがないことをクロイに聞くと何故か驚かれた。
不思議な羽根ペンを使い、名前を書き終える。書読スキルは問題無いようだ。普通に自分の名前を書くことが出来た。にしても、だ。インクを付けてもいないのにすらすらと書けるのは不思議だ。しかも書いていて楽しく、もっと文字が書きたくなってくる気分だ。
これ、欲しいなぁ。後、鑑定してみたい。隙を見て何とか……。
……。
クロイはじーっと、こちらを見ている。
と、とにかく、これで契約完了だ。
これで俺も組合員か。誰かの下で働くことになるのか。一匹狼の卒業だ。まぁ、最初は仕方ないよね。
「えーっと、それで、今更ですが、この組合について聞いても良いですが?」
「組合についてですか?」
俺は頷く。
「はい。そもそも何をするところなのか。ここが何なのか一から教えてください」
「はい?」
クロイが驚きの顔でこちらを見ている。俺はそんなに変なことを言っただろうか。
「知らずに……ここへ?」
俺は再度頷く。
「はい。倒した魔獣を換金するためには、ここに入る必要があると聞いて来ました」
そうだ。そうなのだ。
クロイは顔に手を当て、大きくため息を吐き出す。
……。
って、うん? 何だか……。
「まずはここの場所についてお話ししましょう。ここは単に『ギルド』と呼ばれています。ギルドはこのはじまりの町以外にもあり、その世界各地にある拠点と協力することもあります」
ふむふむ。
うんうん……。
……う、ん、うん。
「このギルドでやって貰うことは大きく分けて二つです。一つは魔獣を狩ること。これを行うものたちは狩猟者と呼ばれています。もう一つは世界の歪みによって生じた迷宮の攻略。こちらは探求者と呼ばれます」
世界の歪み? 迷宮? 狩猟者と探求者? これは、確か、表の看板に書かれていたよな? なかなか興味深い、面白い単語が出てきたぞ。
……う、む。
「はぁああ」
と、そこで欠伸が出る。
「大丈夫ですか?」
少し、眠い。
説明を聞いている途中で欠伸をするなんてとても失礼なことだが、とても眠い。よく考えれば夜通し戦い続けて眠っていない。昨日の昼から徹夜だ。眠くて当然だ。
それに、この部屋が妙に暖かくて快適なのも悪い。眠くなってくる。
「あ、はい。説明の続きを……」
「分かりました。狩猟者と探求者でしたね。そちらはどちらかにしかなれないという訳ではありません。単純に魔獣を狩るのを主としているのが狩猟者、探索を主としているのが探求者という分け方でしかありません。そして、当ギルドに属するメリットですが……」
クロイが色々と説明してくれているが頭に入ってこない。
眠い。
「大丈夫ですか? 聞いていますか?」
まぶたが落ちる。
駄目だ。
いや、ちゃんと話を聞かないと……。
と……。
「聞いてます。聞いてま……」
大丈夫、起きている。
聞いている。
ちゃんと聞いてます。
……。
……。
そして、気がつくと俺はベッドの上に居た。硬くて、ちょっと痛い木製のベッドだ。もっとふかふかのベッドで眠りたい……。
はッ!?
寝て……いた?
「目覚めましたか」
俺は飛び上がり、声の方へと顔を向ける。そこにはクロイが居た。
ここは先ほど契約を行った部屋とは別の部屋のようだ。誰かが運んでくれたのだろうか。
「す、すいません。眠っていました」
「大丈夫です」
「えーっと、どのくらい眠っていたのでしょうか」
「ほんの数刻ほどですよ」
まだ陽が落ちるような時間ではないようだ。
良かった。
良かった……のか?
「えーっと、それで……」
「はい。私も迂闊でした。あなたの生まれのことを考えていませんでした」
うん? 俺の生まれ?
「えーっと、それは?」
「あの魔筆は使用者の魔力を使って文字を書くのです。魔力の少ないあなたではこうなることはわかりきったことなのに……こちらの落ち度です」
ん?
魔力が少ない?
いや、あの羽根ペンで文字を書くのは普通に出来たけど……? それどころか楽しくてもっと書きたいくらいだったけど? 俺が寝落ちしたのは単純に徹夜で疲れていたからだったんだけど?
どーにも勘違いされているようだ。
ま、まぁ、話の途中で寝落ちしたのに怒られなくてラッキーだったと思うことにしよう。
そうしよう。
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