022 試験

 テーブルの横に座っていた男たちが立ち上がり、何やら色々と喋っている。まぁ、何を言っているか分からないんですけどね。


「……センパイ」

 あー、センパイって単語だけは分かる。分かるぞ。これは、もしかして、共通語スキルを上げているからか? 名前とかだけ分かるってことなのか?


 となると、この目の前の芋虫の名前がセンパイってことか?


 改めて神輿に乗せられた芋虫を見る。何だろう、不思議の国で水煙草を吹かしている姿が思い浮かぶ。いや、それとも宇宙戦争的なSFぽい映画の登場人物で裏社会を牛耳っていた何とかさんだろうか。雰囲気だろうか、うん、纏っているオーラはそんな感じだよな。まぁ、あっちはカエルというかナメクジみたいな姿だったけどさ。


 で、この芋虫は何なんだ?


 周りの男たちがかしずいている感じだから、この組合のお偉いさんか?


 芋虫が?


 ま、まぁ、異世界なんだから、そんな種族がいてもおかしくない……のか? のかもしれないけど、いきなり濃いのが来たなぁ。


 芋虫がもきゅもきゅと鳴いている。それを聞いた革鎧の男がうんうんと頷いている。良く分からない。


 ……もしかして芋虫語みたいなのがあるのか?


 思わずタブレットを見る。しかし、そこに新しく言語は表示されていなかった。あー、言語は追加されないか。まぁ、追加されたとしても覚える気はないけどさ。


 で、その隣の革鎧の男がこちらを指差して何か喋っている。だから、分かんないんだって。

 その隣の芋虫は首を傾げている。いや、首はないから上半身がきゅきゅっと動いているというか――良く分からない。だが、そこには虹色に輝く小さな金属の板がかかっているのが見えた。リンゴが持っていた『証』とよく似ている。


「えーっと、共通語でオーケー……じゃない、共通語でお願いします」

 いや、真面目に何を喋っているか分からないです。頼むから分かる言葉でお願いします。


 俺が言葉を分かっていないことに気付いてくれたのか、芋虫を取り囲んでいた集団の中から金属鎧を身につけた犬頭が前に出てくる。前髪がちょっとおしゃれな長毛種の犬頭だ。


 そして、口を開く。


 ……。


 ……。


 何を喋っているか分からない。


 いやいや、お前、通訳してくれるために出てきたんじゃないのかよッ!


 分からん。言葉の壁がこんなにも厚かったとは……。


 いや、それ以前に、だ。俺は、何のためにここに来たのか、その目的を忘れそうだ。お金を得るための証を手に入れるために組合に入ろうと……だよな?

 こんな入り口で、短槍に草狼の死骸をぶら下げて馬鹿みたいに立ち尽くすことになるとは思わなかったよ。死骸が腐らないかなぁ。鮮度が落ちて異臭を発しそうだ。これ、売り値が落ちるんじゃないか?


 あー、もう滅茶苦茶だよ。


 目の前の長毛種の犬頭が大きなため息を吐き出し、その無駄に長い前髪を掻き上げる。

「この私が獣人語で話しかけてあげているのに、無視ですか」

 ん?


 この犬頭……共通語で喋ってるッ!


 喋れるじゃん。


「えーっと、そのまま共通語でお願いします」

 本当にお願いします。言葉が分からないのって大変なんですね。だからお願いします。


 長毛種の犬頭が驚いた様子でこちらを見る。


 そして、またも良く分からない言葉で喋る。いや、だから何でだよッ!


 お前、さっき、共通語で喋っていただろうがよッ!


 長毛種の犬頭は両手を広げ、何かをアピールしている。だが、言葉は良く分からない。目の前の芋虫はこちらのやり取りを無視してちゅうちゅうとフラスコから何かの液体を飲んでいる。


 ……何だ、この状況。


「共通語で喋れって言ってるだろうがッ!」

 思わず叫んでしまう。こいつら、本当に何なんだ。


 それを聞いて、少し焦ったような様子で長毛種の犬頭が何かを喋る。落ち着けと言っているような気がする。だが、その言葉が分からない。だから、こいつらは何で共通語で喋ってくれないんだ。さっき使っていたよな? 共通語は知っているんだよな? なのに、何でわざわざ俺に話しかける時だけ分からない言葉を使うんだ。

 こ、こいつら……。


 他の男たちも落ち着けといった感じで両手を広げ、言葉を紡いでいる。だが、その言葉が分からない。


 だから分からねぇんだよッ!


 ふざけやがってえぇッ!


 いや、落ち着け。落ち着くんだ。クールになるんだ。冷静になるんだ。


 よーく考えろ。


 大きく息を吸い、吐き出す。


 大丈夫だ。落ち着いた。俺は冷静だ。


 多分、だが、こいつらの中では獣人は獣人語や辺境語で喋るのが常識なのだろう。共通語で喋る獣人は希少なんだろう。希少というか殆ど居ない? だから、俺が共通語で喋っていても、それしか喋れないとは思わないのだろう。それどころか気を使って、(こいつらが思い込んでいる)俺でも理解し易い獣人語や辺境語で話かけ直しているんじゃあないか? わざわざ無理して難しい言葉を使わなくても良いよという感じで、なッ!


 ……。


 あー、そう思ってみると、そうとしか思えない。


 誤解を解くべきか。


 あー、そうだな。


「えーっと、まずは誤解を解きたいです。獣人語も辺境語も喋れません。だから! 会話は共通語のみでお願いします」

 さ、さすがにこれで分かるだろう。


 これで分かって貰えなかったらお手上げだ。


 リンゴを呼びに行くしかない。いや、今の時点でもその方が早いかもしれない。


 ……。


 集まっていた男たちが俺を指差し、相変わらず分からない言葉で喋っている。


 駄目……なの……か。


 俺の言葉は、お願いは……無駄だったのか。


 だが、そんな中、男たちの集団から革鎧を着たトカゲ顔の男が出てくる。いや、トカゲ顔じゃない、蜥蜴だ。蜥蜴人だ。リザードマンだろうか?


「お前、本当に分かるのか?」

 恐る恐るという感じで革鎧を着込んだ蜥蜴が話しかけてきた。


 はぁ、思わず安堵のため息が出そうになる。

「そうです。分かります。というか、共通語しか分かりません。今後も共通語でお願いします」

 蜥蜴人が何度も頷く。


 この蜥蜴は出来る蜥蜴だ。


 しかしまぁ、疲れた。これでやっとまともな会話が出来そうだ。


「えーっと、それでですが、この組合に入りたいのですが、どうすれば良いでしょうか?」

 やっと言えた。


 言えた。


 これを言うためにどれだけ大変だったんだッ!


「お、おう。そ、そうか」

 蜥蜴人がキョロキョロと周囲を見回し頷いている。


 周囲の男たちは俺に分からない言葉でささやきあっている。凄く感じ悪い。


 この芋虫が現れた理由は分からないが、これで一歩前進だ。


「えーっと、それでどうすれば? それと、本当に! 『辺境語』と『獣人語』は分からないので出来れば通訳もお願いします」

 お願いばかりだが仕方ない。


「あ、ああ。そ、そうか」

 蜥蜴人がキョロキョロと周囲を見回し頷いている。


 ……本当に大丈夫だろうか。


「えーっと、それで、そこのいも……方は誰ですか? 何なんでしょう」

 人? だよな? 新手の魔獣とかじゃあないよな?


 俺の予想だと、この組合のお偉いさんだと思うんだが、どうだ?


「あ、ああ。センパイは、この組合で最強のお方だ。いや、もしかすると辺境最強かもしれねぇな!」

 蜥蜴人がそんなことを言っている。周囲の連中も得意気な様子で頷いている。


 あー、はい。


 そっかー、そっかー。


「えーっと、それで、その最強な方が、どんなご用でしょうか? とにかく組合に入りたいんですが」


 そこで周囲の男たちが、何かに気付いたように、思い出したかのように、ハッとした顔で手を叩く。

「そうだぜ」

「ああ」

 何やら頷いている人や良く分からない言葉で喋りながら口笛を吹いている人たち。


 あー、もしかすると共通語が喋れない人も居るのかなぁ。


 えーっと、それで?


「お前みたいなのが、ここにどんな用です! ここは子どもの来るところではありません」

 長毛種の犬頭がそんなことを言っている。


 用件は伝えた。さっきから何度も伝えた。


 何度も伝えたのに、こいつらはッ!


「えーっと、ですね、組合に入りたいんですが」

 もう一度伝える。


 こいつら鳥頭か。言葉を理解出来ないのか。


「お、おう。って、そうじゃ、じゃねえ! 餓鬼がこんなところによぉ!」

 蜥蜴人が叫ぶ。


 何だ、これ。


「ええ、そうですよ。子どもが組合に入りたいなんて馬鹿なことを言っていないでお家に帰りなさい」

 長毛種の犬頭がこちらに絡んでくる。


「家はないので、組合に入りたいんですが?」

 そんな俺の言葉を聞いた長毛種の犬頭と蜥蜴人が顔を見合わせ、そして改めてこちらを見る。


「えーっと、それでもう一度言いますけど、組合に入りたいのですがッ!」

 手に持っている短槍にぶら下がった草狼も限界が近い。腐ってしまう。


 早く何とかしてくれよ。


「あのー……」


 そして、やっと長毛種の犬頭と蜥蜴人が反応した。


「分かったぜ」

「ええ。それなら試験です!」


 あ、はい。


 で、そこの偉そうな芋虫さんは何だったんだろうか。

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