023 騒乱
何が分かったというのだろうか。この蜥蜴さんは何を言っているのだろうか。
周りの男たちが手を掲げ、楽しそうに何かを叫んでいる。
そして蜥蜴人がこちらへ指を突きつける。
「表に出ようぜ。ここではモノが壊れるからよぉ! 俺がお前の力を見てやるぜ!」
何だか面白いことを言っている。これが試験というワケか? 模擬戦でもやるのだろうか。
良く分からない神輿に乗った芋虫もちゅうちゅうと飲み物を飲みながら、もきゅもきゅ鳴いている。
まぁ、何にせよ。早く何とかして欲しいものだ。
蜥蜴人や長毛種の犬頭、周囲の男たちが動く。俺の意見を無視して外に出ようとしている。試験か。この建物の裏にある広場を使うのだろうか。
「ちょっと待ちなさいっ!」
と、そこに大きな声がかかる。
ん、何だ? まだ何かあるのか?
皆の足が止まる。
外に出ようとしていた男たちを掻き分け、入口側から黒毛の猫人が現れる。少し声が高い黒毛の猫人だ。顔の区別が付かないので全員同じようにしか見えないが、この建物の裏で出会った二人の黒毛の猫人とは違う人のようだ。
えーっと、誰だ?
黒毛の猫人が大きなため息を吐き出す。
「何を勝手に決めているんですか!」
何やら、この黒毛の猫人は怒っているようだ。
「私が外に出ている間に! 一介の探求者でしかないあなたたちに何の権限が?」
黒毛の猫人にそう言われた蜥蜴人は横を向き口笛を吹き、長毛種の犬頭は頬を掻いている。
ん?
もしかして、こいつら……。
そして、黒毛の猫人は芋虫の方へと歩いて行く。
「ノアさん。あなたが居ながら、この騒ぎは何ですか!」
芋虫も怒られている。芋虫はキョロキョロと周囲を見回しもきゅもきゅと鳴いている。そこにまともな知性があるようには見えない。
黒毛の猫人はガミガミと怒り続けている。
……。
「えーっと、あなたは?」
このままだと俺が無視されそうなので意を決して話しかけてみた。
黒毛の猫人がハッとしたような顔でこちらへと振り返り、そして、笑いかけてくる。
「ああ。ごめんなさいね。私はこの組合のマスターをしているクロイです」
クロイさん? 黒毛だからクロイなのだろうか。いや、まさか、そんな安直な……。
「えーっと、クロイさんですか?」
「ええ、私はクロイですよ。それであなたは?」
やっとまともに会話が出来そうな人が現れた。まぁ、人というか猫なんだけど。
「えーっと、俺は……自分はタマって言います」
ま、まぁ、偽名だけどさ。もうこの名前で良いだろう。改めて名前を考えるのも面倒だし、今更だ。
「そのタマさんがここに何の用でしょう?」
この黒毛の猫人――クロイさんはお偉いさんなんだよな? この人に頼めば何とかなるか?
「えーっと、今、自分が持っているものが分かります? これを売りに来たんですが、そのためには組合に入る必要があるって聞いて、だから、ここに来ました」
それを聞いたクロイさんが顔に手を当て、大きなため息を吐き出す。
「少し待っていてください」
クロイはそう言って、奥に消える。
怒られた男たちはしょんぼりと頭を下げていた。少しがっかりとした様子で席に戻った奴もいる。何だか先生に怒られた小学生みたいな反応だ。
……何だかなぁ。
そして、クロイさんは、すぐに何かを手にして戻って来た。
「タマさんでしたね。これをどうぞ」
それは木製の小さな板がくっついた輪っかだった。首飾りだろうか? 形はリンゴが持っていた証とよく似ている。
「これは?」
「仮の組合証です。これでも換金は可能です。まずは、あなたが持っている、それを換金した方が良いでしょう? 契約に関してはその後におはなし、しましょう」
お、おおう?
これで換金出来る?
何と!
話が早い。
「ありがとうございます」
俺はクロイから木製の証を受け取り、早速、換金に向かう。
この草狼の死骸が腐る前に早く換金しないと!
建物の外に出て裏の広場に向かうと、そこでは先ほどと同じように黒毛の猫人が何か良く分からない作業を行っていた。どっちの黒毛だろう? 渋い方だろうか、若い方だろうか。
「えーっと……」
話しかけると作業を行っている黒毛の猫人に睨まれた。
「まだ居たのか」
若い方だったようだ。
俺は木製の証を見せる。
これを見るが良いッ!
「査定を頼む」
さあ、ちゃちゃっと査定するのだ!
俺が持っている木製の証を見た黒毛の猫人は一瞬、きょとんとした表情になり、そして小さくため息を吐き出していた。
「六番においといてくれ」
六番? まぁ、良く分からないが、前回、リンゴが置いた場所の近くだろう。
俺が適当に動こうとすると黒毛の猫人がまたもため息を吐き出した。
「そっちじゃない。そこだ、そこ」
黒毛の猫人は俺が進もうとし場所の逆方向を指差す。
あ、はい。
俺は指定された場所へと向かい、そこに草狼の死骸を並べる。おー、やっと軽くなった。青銅の短槍にくっついていた血が固まっている。これは汚れを落とすのが大変そうだ。
んで、後は、ここにある札を持っていくんだよな?
札を取る。そこには確かに共通語で『6』という数字が書かれているようだった。おー、ちゃんと読める読める。書読スキルを取っていて良かったな。
んで、だ。
俺は札を持って、慌てて先ほどの若い黒毛の猫人のところへと戻る。
「まだ、何か?」
黒毛の猫人は苛々とした様子だ。
「いや、えーっと」
「査定なら、やる。だから待て」
必要最低限しか喋りたくないというオーラを感じる。
いや、違うんだ。そうじゃないんだ。君の仕事に疑問を持っている訳じゃないんだ。ちょっと緊急事態が発生したんだ。安心したからか、ちょっと緊急の……。
「あ、あのー、トイレって何処かにありますか?」
そう、今、俺はッ! とても緊急な事態なのだ。
黒毛の猫人が驚いた様子で大きく目を開き、そしてため息を吐き出す。
「そこらでしたらどうだ」
……。
おま、おま、お前ッ!
中の人である俺はどうかとしても、この体は女の子だぞ。そこらで出来る訳が無かろうがぁ!
「無理!」
俺の言葉を聞いた黒毛の猫人はもう一度ため息を吐き出す。
「お前な……」
「いやいや、えーっと、俺、一応、女の子だから。少しはそれを考えてくれ」
黒毛の猫人がきょとんとした顔でこちらを見ている。
そして、下を向いた。
「す、すまない。汚れ水があった場所は分かるか? その裏にある小屋がそうだ」
あるのかよ。トイレ、あるのかよッ!
最初から教えてくれよ。
「ありがとう」
お礼を言って、そちらへと駆ける。立って走るのが難しいので四つ足で駆ける。まるで動物に戻ったかのようだ。だが、今は急ぐ時だ。限界は近い。こんな動物みたいな動きはしたくないが、今は仕方ない。
駆ける。
そして、教えられた小屋へ。
飛び込むッ!
小さな部屋だ。まるで公園とかにあるような簡易トイレだ。だが、今はそんなことを気にしている場合じゃ無い。
……。
そして、俺はまた一つ階段を上る。
あ、ああ。
何だか少しずつ慣れてきた気がする。
……。
全てを解放した後、俺は汚れ水で体を洗い流す。ついでに服の泥汚れも落とす。あー、頻繁にトイレに行きたくなる訳じゃあないが、これは困るよなぁ。ホント、困る。
そして、俺が戻ると査定は終わっていた。
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