003 承

 木の枝を持ちながら草原を歩く。ちょっと遠くには薄暗い森も見えるが、そちらには近寄らないことにした。よく分からない状態で森なんかに入ったら死んでしまう。

 この世界がゲーム的な世界だとしても――いや、だからこそ用心する必要がある。


 にしても、道らしきものが影も形もないなんて、どうなっているんだ?


 こうも草しかないような、代わり映えのしない草原が続くと進んでいるのかどうか分からなくなりそうだ。まぁ、目印になりそうな塔が見えているから迷子になることは無いと思うけどね。


 そんな草原を歩いているとまたも寒天が転がってきた。さっきほど叩き潰した寒天と同じだ。


 木の枝を叩きつける。しかし、その叩きつけた木の枝が寒天に跳ね返されてしまう。


 何故だ! さっきは一撃で倒せたじゃないか。


 攻撃を受けたことで怒ったのか、寒天がこちらへと飛びかかってきた。その動きを見て、慌てて木の枝を叩きつける。すると、その一撃で寒天は砕け散った。


 残るのは先ほどと同じ青いぶよぶよとした球体だ。


 倒した? 倒せた? 何で二度目の攻撃は跳ね返らなかったんだ?


 ……もしかして?


 考えられるのは二つ。最初の時は寒天に気付かれていなかったから不意打ちで倒すことが出来た。そして、今回は相手の攻撃に合わせたカウンターになったから倒せた?


 あり得る。


 いや、そうとしか考えられない。俺の中では、もう、それが正解だ。


 本当にゲームとしか思えない。


 そう思いながらタブレットを確認する。残念ながらレベルは上がっていないようだ。0から1は、寒天一匹で上がったが、さすがに次は一匹だけでは駄目なようだ。


 ……寒天を見かけたら倒しながら進むか。


 とりあえず適当にまっすぐ進めば、何処かに突き当たるはずだ。上手く道に出れば――そこから道をたどっていけば、人里にはたどり着けるはず。誰も人が居ない世界だとは思いたくない。


 その後も寒天を倒しながら草原を歩き続ける。すでに八匹くらいは倒したんじゃないだろうか。しかし、それでも、まだレベルは上がっていない。最初が一匹なのに次までがこんなに長いなんて、これがゲームだったらクソバランスだって愚痴っているところだ。いや、それとも、レベルが上がるのは何かイベントなどの特殊条件をクリアした時だけなのだろうか?


 経験値みたいなものは表示されていないもんなぁ。タブレットに表示されている情報が少なすぎる。そうなると、ますますBPとやらは貴重だ。BP、これを振り分ければスキルのレベルが上げられるのだろう、と俺のゲーマーの勘がささやいている。だが、こうもレベルが上がらないとなると……うん、良く考えた方が良い。


 そして、だ。そろそろぶよぶよの球体が持てない。もったいない気もするが、次は破棄しよう。


 そんなことを考えながら歩いているとまたしても寒天が転がってきた。この寒天には結構な頻度で遭遇するが、それ以外の生物を見かけない。いや、まぁ、小さな虫だとかは見かけるんだが、動物の姿が見えないというか……。


 寒天がこちらに飛びかかってきたタイミングを見計らい木の枝で叩き落とす。その一撃で寒天は砕け散った。最初に考えていたように、この寒天はカウンターが決まれば一撃で倒せる。

 こう、相手の動きを見るというか、その反応に合わせるのは得意なんだよな。格闘技なんかだと後の先って言うんだったかな。


 この寒天がいくら襲いかかってきても問題にならないだろう。


 いや、それはいいんだ。それよりも重要な問題が、今現在、俺の身に起きている。


 お腹が空いた。そう、お腹が空いた。


 やばい、空腹で倒れそうだ。


 そういえば出かける前に何も食べていなかった。


 これは本当にヤバい。


 引き返して、あの木に実っていた果実を食べるか? いや、さすがに、あんな説明文を見た後に食べるのは……。

 じゃあ、今、俺が抱えている、このゼリーを食べるか?


 ……。


 これはどう見ても食べ物じゃない。


 ヤバい。本当にヤバい。


 人って何日、何も食べずに生きられるのかなぁ。


 と、そこへまたしても寒天が転がってくる。


 ホント、お前らが食べ物だったらな!


 寒天を叩き潰す。もはや作業だ。


 そして、十匹目を倒したところでレベルが上がった。



 レベル:2

 称号:ごっこ勇者

 クラス:無し

 BP:2

 スキル:剣技0

 魔法:草0


 やはりというか予想通りというかBPが2に増えている。そして注目すべきは魔法だろうか。魔法が増えている。


 ……って、草かよ。


 草って馬鹿にしているのか?


 しかも0だからか何も使えない。魔法が生えたことで、何か変わったかと思ったが何も変わった気がしない。いや、それを言うならレベルが上がっているのに、自分が何も変わっていないのはどうなのだろうか。ちょっと力が強くなったりとか、体力が増えたりとかしても良いのではないだろうか。レベルが上がっても成長しないなんて面白みが無さ過ぎる。これがゲームならクソゲーだ。


 ……まぁ、ゲームの成長で力が増えるとかって、現実だったらどんな感じだろうって思ったことはあるし――突然、筋肉が増えるのかよ、とかさ、それを考えれば何も変わらないのは現実的なのだろうか。


 ……。


 にしても、寒天一匹の次は十匹なのか。まさか次は百匹じゃないだろうな……。

 あり得そうで、怖い。


 ……。


 ……あー、お腹空いた。


 そうだ。そんなことよりもお腹が空いた。人間、一日くらいは何も食べなくても生きていけるはずだ。生きていけるはずだけど……辛いものは辛い。


 歩くのを止めたくなる。そろそろぶよぶよ球体を持ち運ぶのも馬鹿らしくなってきている。こんなの体力を消耗するだけだ。ゲームみたいに戦利品だ、と喜んで集めていたのが馬鹿らしい。


 と、その時だ。


 俺の目の前を何かが横切った。


 それは……角の生えたウサギだった。


 ウサギなのに角が生えている。


 ……へ?


 何でウサギに角が生えているんだ? しかも、だ。ユニコーンのような突き刺すような角ならまだしも、鹿みたいな角だぞ。ウサギが、そんな角を何に使うんだ?


 変わったことをやろうとして失敗したゲームみたいだ。うん、ますますゲームみたいだ。


 ……倒すか。


 そうだ。このモンスターなら、あの寒天よりも経験値が多いかもしれない。倒そう。是非、倒そう。せっかくだから倒そう。


 鹿角ウサギはまだこちらに気付いていない。こちらの前を横切った後、間抜け面でキョロキョロと周囲を見回している。

 こちらが持っている武器は木の枝。


 ……そう、木の枝だ。いや、木の枝でも、これは数々の寒天を屠った伝説の木の枝だ。倒せるはずだ。


 そろりそろりと猫足立ちで近寄る。気付いていない、気付いていない。そして、一気に木の枝を鹿角ウサギの脳天に叩き落とす。


 その一撃で鹿角ウサギはふらふらとよろめき、そのまま回転しながら倒れた。


 ……倒した?


 鹿角ウサギはピクピクと痙攣している。死んではいないが気絶しているようだ。


 何とかなったか?


 だが、問題発生だ。力を込めすぎたのか、それとも木の枝に限界が来ていたのか、木の枝は握った部分から真っ二つに折れていた。

 俺の伝説の武器が、数々の戦いをくぐり抜けた武器が……折れてしまった!


 なのに、鹿角ウサギは、まだ死んでいない。


 どうする、どうすれば……。


 いや、それよりも、だ。今なら鑑定が出来るんじゃないか?


 タブレットをピクピクと蠢いている鹿角ウサギにかざし、鑑定が終わるのを待つ。


 出た。



 ケルヴァルヌ

 レベル:1

 角の生えたヌ。グラスゼリーを好んで食べるため、グラスゼリーの生息地に多くその姿が見られる。雑魚。


 ……鑑定出来た。出来たのは良いけど、何だ、これは。グラスゼリーって、あの寒天を倒した時に転がったのがそうだよな? しかも雑魚って。雑魚なのか。レベルも1だもんな。当然か。


 にしても、うーん、ヌ。ヌかぁ。もしかして、ウサギのことをヌって呼ぶのかな。


 と、その時だ。

 タブレットに表示されていた文字が変わった。



 ケルヴァルウサギ

 レベル:1

 角の生えたウサギ。グラスゼリーを好んで食べるため、グラスゼリーの生息地に多くその姿が見られる。雑魚。



 ん?

 さっきまではヌって表示だったはずだ。表示が変わった? もしかして、俺がヌをウサギだと認識したから変わった? 何か翻訳的な力が働いている?

 分からない、分からない。


 ……考えても分からないことは後回しにしよう。


 それよりも、だ。


 早く、この鹿角ウサギを何とかしないと目覚めてしまう。早く倒すべきだ。それにもしかすると倒せば食料になるかもしれない。もう空腹で倒れそうだ。

 でも、手元にあるのは折れた木の枝だけ。


 仕方ない。


 ピクピクと動いている鹿角ウサギの首を目掛け、思いっきり足を落とす。ぐちゃりという嫌な感触が足に伝わる。

 そして、鹿角ウサギが血を飛ばし絶命した。踏み潰した部分はぐちゃぐちゃになっている。ごぽっと血が溢れ、肉が、中が見えている。

 正直、グロい。


 肉、肉だ。確かに肉だ。


 でも、こんな血が溢れて――見るのもキツい。ああ、靴が血まみれに……。


「ああ! ゲームみたいな感じなのに、なんで、こういったのはゲームみたいにならないんだよ!」

 俺は何処かで、こう、ポンとゲームの素材みたいに生肉の塊が現れるんじゃないかと思っていた。


 そんな、はずが無いのに……。


 そう、そんなはずは無かったのだ。

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