彼がメガネを外したら

白川ゆい

冷たい王子様

 恋に落ちたのは一瞬だった。キラキラと太陽の光を反射して光る水の玉が私たちに降り掛かる。まるでスローモーションみたいに見えたそれは彼の姿も鮮明に映した。長い前髪を掻き上げて、無邪気に笑う。いつもは前髪と黒縁メガネに隠れた彼の素顔を見た瞬間。私は彼に恋をしたのだ。




「高原くん、おはよう!」

「朝から元気だね」


 げんなりと不機嫌そうにため息を吐きながら、高原くんは私を見下ろす。少しでも私を見てくれるだけでこんなに嬉しいんだから私の想いの大きさも相当だ。


「今日お昼ご飯一緒に食べよ!」

「……なんで」

「お弁当作ってきたから!」

「……」

「ねっ!じゃあお昼休みに!」


 これをゴリ押しと言う。高原くんは嫌そうに顔を歪めていたけれど、私が早起きして作ってきたお弁当を無駄にするような人じゃない。んふふーと鼻歌を歌いながら、私は席に着いた。

 私の初恋は中学一年生の時。学校で一番モテる王子様みたいな外見の先輩だった。もちろん遠くから見ているだけで終わった。そして次の恋は中学三年生。同じクラスの、こちらも学年で一番モテる男の子だった。結構頑張って話しかけた。バレンタインも渡した。でも卒業式の日に学年で一番可愛い子と付き合っていることを知って失恋した。まぁ泣いたけど、高校生になったらそんなこと忘れて素敵な恋が出来るだろうと次の日には復活していた。

 そして私は恋をした。お相手は同じクラスの高原智也くん。頭がとても良くて落ち着いていて、たまに友達に見せる笑顔がとっても素敵。全然意識なんかしてなかったけど、この前の事件からずっと目で追ってしまうんだ。

 私と高原くんは同じ美化委員だ。各クラス交代で月1掃除があるんだけど、私たちは2ヶ月前、花壇の掃除を任された。同じ委員だから少し話したことはあるけど高原くんは決して社交的じゃない。面倒だねーと言ってもうんだけで終わる。何話したらいいんだろうと悩みながらホースを水道に繋ぐ。けれど悩みながらやったからかそれがちゃんと繋がっていなかったらしい。


「待っ……!」


 高原くんの制止も空しく、私は思いっきり蛇口を回した。飛び散る水飛沫。止めに走ってきた高原くんにも水はかかって。ヤバ、怒られる!そう思ったのに。高原くんは笑った。


「ははっ、つめてー!」


 メガネを取って、濡れた前髪を掻き上げる。その無邪気な笑顔に、私は一瞬で落ちたのだ。




「高原くん!一緒に生物室行こ!」

「いや」


 私のお誘いをバッサリと断って高原くんはスタスタと歩き出す。でもこんなんじゃ私はめげない。高原くんの後ろをついていく。途中で高原くんが振り返ってはぁ、とため息を吐いた。でも何も言わずにまた歩き出した。その後の歩く速度がさっきよりゆっくりになった気がして。ああ、やっぱり私は高原くんが好きだと思った。



「依里ー、今日も頑張るねー」

「うん、絶対振り向いてほしいの!」


 生物の時間、何人かで班を作れと言われて高原くんのところに行こうとしたら友達に連行された。ま、ずっと押してばかりじゃダメだもんね。たまには引かないと。


「でも意外だった。依里ってもっとキラキラしたイケメンが好きなんだと思ってた」

「もっとノリが軽いモテ男とかね」


 私の親友はナナちゃんとズーちゃん。二人ともメイクもファッションも完璧な美女だ。その中に私みたいなちんちくりんがいるわけだけど、二人と歩いているとナンパがすごい。私もよくナンパされた二人についていって遊ぶことはあるけど、全然ダメ。他の男の子といても高原くんといる時ほどドキドキしない。


「私にとっては高原くんがキラキラした王子様なの!」

「……恥ずかしいこと言ってないで退いてくれる?」


 通路に仁王立ちして高らかに宣言したら、後ろから来た高原くんに邪魔だと怒られた。相変わらずクールなんだからー。でも負けない!

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