番外編

久々に会って

「ヨリー、久しぶりー」


 高そうなスーツに身を包み颯爽と歩く姿は周りの女性が振り向くほどカッコいいのに、私を見つけた途端ヘラッと笑う。あー、情けない顔してるなー、なんて思いながら悪くないと思う私もあんな情けない顔をしていたらどうしよう。

 立花は人の波をうまくすり抜けて私の前に立った。新幹線の改札の前、こんなに人が多いのによく私を見つけたな。チビなのに。立花は背が高いからすぐ見つかるけど。


「ヨリ、ちょっと痩せた?」

「えっ、嘘?」

「俺に会えなくてそんなに寂しかったか、よしよし」

「ううん、最近太ったから間食やめたの。あー、ダイエット成功か。嬉しい」

「……そこは嘘でも俺に会えなかったからって言ってくれてもいいんじゃない」


 ぷんっと頬を膨らませながらも私の手を取る立花は、二週間ほど海外出張に行っていた。まぁ、久しぶりって言えば久しぶりなんだけど、この二週間仕事が忙しかったから正直寂しいというのを感じている暇もなかった。


「どっか寄ってご飯でも食べてく?」

「うーん、それもいいんだけど俺としてはさっさと帰って二週間溜まりに溜まった欲望をヨリの中に吐き出したいな」

「おっけー、じゃあご飯行こう」

「何で!」

「お腹空いたから」


 不満そうにブツブツ言っている立花の手を引いてタクシーに乗り込んだ。

 ご飯を食べて家に帰った後も立花はまだブツブツ言っていて、それでもキッチンに入って紅茶を淹れてくれた。恋人を通り越して母親のような立花に笑ってしまう。何だかんだ世話を焼くのが好きなんだ。


「立花ー、私がやろうか?」

「いいです俺には紅茶を淹れるくらいしか能がないのでね」


 卑屈の方向がぶっ飛んでてよく分からない。立花の隣に立って横顔を眺める。


「ああ、でもやっぱり嬉しいかも」

「え?」

「立花に会えたの。顔見ると会いたかったんだって実感する」


 さ、洗濯物入れよう、とキッチンを出た。今日は気持ちよく晴れていたから洗濯物も乾いているはず。ふんふんと鼻歌を歌いながら窓に手をかけた瞬間、後ろからその手を掴まれた。簡単に反転した体は立花の胸に倒れこむ。わっ、と色気のない声をあげたら、耳元で立花が呟いた。


「俺はさ、枕をヨリだと勘違いして腰振っちゃうほどヨリを抱きたかったわけよ」

「キモっ!」

「……。でもこうやって抱き締めるとさ、何もしなくてもそばにいてくれるだけでいいやと思うね」

「立花……」

「心ではそう思っても体はそうじゃないみたいだからとりあえずベッド行こうか」

「……立花……」


 感動を返せ。

 そう思いながらも、抱き締められた立花の体温や腕の力強さにときめいてしまう。少し緊張しながらおずおずと立花の背中に手を回す。ああ、やっぱりどう転んでも幸せだ。


「ヨリ」


 立花が少し体を離して私を見下ろす。いつもと同じ、優しい目で。すっと頬を撫でられると、その温もりが心地よくて無意識のうちに目を瞑った。

 ちゅ、とまぶたにキスが落ちてくる。鼻に、額に、そして唇に。くすぐったくてふふっと笑うと、立花も笑った。


「ヨリ、好きだよ」

「うん……」

「会いたかった」


 ふざけないでこうやって素直に言われると、嬉しくてくすぐったくて苦しい。手を伸ばして、立花の頬に触れた。キスを強請るように背伸びする。そこからはもう簡単だった。

 ふわふわとした意識の中、立花の熱い吐息が肩に当たるのを感じる。目を開けたら立花の肩越しに見慣れた天井が見えた。

 この家に来てからどれくらい経ったっけ。一緒にいても、いつも思う。こうやって立花のそばにいられるのは、夢なんじゃないかって。好きで好きでたまらなくて、でもどうしても縮まらなかった距離。今こうやって立花の素肌に触れていることが、たまらなく嬉しい。


「ヨリ」

「んっ」

「俺に抱かれてそんなに嬉しい?」


 立花は困ったように笑って私の頬を伝う涙を拭った。抱き締められて、何度も頬にキスをされて、こうやって立花のそばにいることが夢じゃないんだって実感していく度、私はまた立花を好きになる。


「……ねえ」

「ん?」

「また私が一人で悩んだり喧嘩して勢いで別れたいなんて言っても、離さないでね」


 何度別れても、何があっても、きっと私はまた立花を好きになる。立花は少しだけ切なげに目を細めてじっと私を見た。


「……素直じゃないヨリが好きだと思ってたけど素直なヨリもぶち犯したいね」

「大真面目に何言ってんの。ていうか現在進行形でしてるよね」

「いやこれは合意の上だから」

「付き合ってるのに合意の上じゃないことなんてあるの?」

「……つまりヨリはいつでもどこでもどんな状況でも俺を受け入れる準備ができていると?」

「いつどこでどんな状況で犯す気?!」


 ほんと、真面目に考えてるから笑っちゃう。……いやいや笑うところじゃない、これ絶対危機でしょ!


「私、変なところではしないからね?!」


 爽やかに笑って誤魔化すようにキスしてきた立花に、焦って冷や汗を掻く。大変なことになったらどうしよう。

 でも、やっぱりこうやって触れ合うのは嬉しい。何度もキスをして、立花の全てを受け止めて。頭の中が真っ白になった瞬間、立花が囁いた気がした。


「ヨリが何て言っても手放せないのは俺の方だから」


 と。

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