素敵な人

 あれ以来立花と牧瀬と一条、そして吉岡に交代で見張られることになった。私が逃げ出さないようにらしい。みんな忙しいのに申し訳ない。


「あのさ、一条。私逃げないよ?」

「いや、お前前科あんだろ。日向から逃げようと思うなんて無謀だよな」


 ははは、と笑う一条に苦笑いを返す。何か大変な男に捕まったような気がしてくるからやめてほしい。

 もう立花と離れる気はない。確かに間宮さんと結婚したほうが立花にとっていいことなのかもしれないけれど。でも、私は立花を信じる。愛してると言ってくれた立花を……。ダメだ。思い出しただけで恥ずかしい。


「ニヤニヤしてっとこ悪いけどそろそろ仕事の時間じゃねーの」

「ゲッ!」


 時計を見たら確かに家を出ないといけない時間だった。まだ顔も洗ってない!牧瀬は普段は穏やかで優しいのに仕事のことになると別人になるから怖いのだ。遅刻なんてしたらきっととっても綺麗な笑顔でとんでもなくキツイことを言われる。


「一条、ご飯食べた?朝ご飯残ってるんだけど……」


 そう言いながら炊飯器を開けた瞬間。もわっと熱い湯気とお米の匂いが顔に来る。


「うっ……」


 その時、猛烈な吐き気が襲った。慌ててトイレに駆け込む。


「おいどうした、大丈夫か」

「気持ち悪い……大丈夫じゃない……」


 吐き気が収まらない私の代わりに一条が牧瀬に連絡してくれた。立花はちなみに今日は休日出勤で会社に行っている。一条が立花にも連絡しようとしたけれど、慌てて止めた。心配だからと帰ってきそうだったから。とりあえずあまりにも吐き気が酷いので病院に行くことになった。


***


「おー、大丈夫か」


 待合室で待っていてくれた一条の隣にふらふらと座り込む。ぼんやりとしている私に、一条は勘違いをして大変な病気だったのだと思ったらしい。焦る一条に、私は言った。


「……してた」

「え?」

「にんしん、してた」


 一条が目を見開いて固まった。

 結局その日の仕事は休みになって、私はぼんやりとソファーに座ったまま立花の帰りを待っていた。大変なことになってしまった。確かに立花を信じようと決めた。でもどこか覚悟していた部分はある。だってさすがの立花でも専務に盾ついて無事にいられるとは思えない。一人で育てる?いや、今も仕事をしているとは言え夜の仕事だしこのまま子どもを育てるのは難しい。きっと牧瀬に相談したら援助はしてくれるだろうけどそこまで甘えていいとも思えない。だって牧瀬にだって家庭があるのだ。不安が募って頭がパニックに陥っていた時、立花が帰ってきた。


「ただいまー。て、うわビックリした。ヨリ今日仕事って言ってなかった?」


 立花が私の前にしゃがみこみ視線を合わせる。私は何も考えられないまま、口を開いた。


「立花、ごめん。私妊娠した」

「そう」

「え」

「え?」


 な、なんでそんなに軽いの?!私が、どれだけ悩んだと思って……!


「覚悟がなきゃ中出しなんてしないよ」

「え……」

「当たり前でしょ。何、俺が覚悟もなしに避妊しないような最低な男だと思った?そもそも結婚しようって何回も言ってんのに断ってんのはヨリだからね!俺はずっと結婚する気満々だから!」

「っ、でも、間宮さん……」


 私の言葉に立花は眉を吊り上げた。こんなに怒っている立花を見るのは初めてだった。


「ヨリは勘違いしてる」

「え?」

「俺はヨリを離さない。誰に邪魔されても」

「……っ」

「それに、専務にしがみつかないと会社にいられないような男だと思った?逆に脅してやった」

「え」

「無理やり結婚させるならヘッドハンティングの誘い受けてる他の会社行きますけどって」

「……!」

「俺を誰だと思ってるの?」


 ニッコリと微笑んだ立花に、私はやっぱりとんでもない男に捕まってしまったのだと思った。


***


 それから話は驚く間にまとまった。お互いの家にも挨拶をし、とうとう明日が結婚式である。妊娠が分かって二か月。ほとんど立花がスパンスパンと決めて行った。この男、仕事ができる。


「ヨリは座ってなよ。一人の体じゃないんだからさ」

「うんでも落ち着かなくて」


 結婚式前夜、普通に晩ご飯を作ってくれている立花と対照的に私は落ち着かなくてずっとウロウロしている。つわりは相変わらず酷くて大変だ。あの後結局間宮専務に謝られる事態になって、間宮さんも泣いていた。申し訳ないとは思ったけれど先に脅してきたのは向こうなのだ。余計な同情はしないことにした。


「でもさー、私結婚はまだ嫌だって言ってたのに」


 そう恨み言を言うと、立花からはとんでもない言葉が返ってくる。


「だってヨリ俺と一緒にいたいって言ったでしょ」

「うん、まあ」

「ヨリの逃げ道は絶つ以外ないでしょ?」


 恐ろしい。何とも恐ろしい。でもいいか。幸せだし。きっと立花といる限り、私はずっと幸せだ。


「日向、愛してる」


 恥ずかしい気持ちを抑えてそう言えば、立花はコンロの火を消した。そして据わった目で私を見る。


「勃った」

「む、無理無理!私妊娠してるから!」

「自分で抜くから足開いて」

「変態!」

「ぶち犯したい」

「勘弁して!」


 私の旦那様は、下品で絶倫だけど優しくて温かい、素敵な人です。

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