大人の責任
俺は、アイツが泣いていても抱き締めてやることもできない。教師という立場を恨んだのは初めてだった。
「先生、最近大橋来る?」
センター試験が終わり、山下は理系だから二次試験でも数学があるためよく俺のところに来る。大橋は文系だ。もう数学は関係ない。
「来ねーよ。学校には来てんじゃねーの」
後少し。後少しで苦しかった受験も終わる。受かったらデートするって約束、アイツは覚えてんのかね。どこに連れて行ってやろうか。そんなことを考えてふっと笑った。
「先生さ、ずっと聞きたかったんだけど」
「何」
「なんで大橋に好きだって言ってやんねーの?」
無邪気な山下の質問に、俺は固まった。え、は……?俺の反応などお構いなしに山下は続ける。
「付き合うとまでは行かなくても好きって言ってあげるだけで安心すると思うんだけど」
「……」
「だって先生、大橋のことすっげー好きでしょ」
ニッと笑った山下に思わずため息が出る。どうしてバレたのか。感情が表情に出ないタイプだと思っていた。なら、態度か?
「……俺は、教師だからな」
「……」
「アイツの選択肢を奪いたくない」
この前教師と恋愛関係になった生徒が退学になった。退学なんかになるより、普通に高校を卒業したほうがいいに決まってる。
「俺が一生責任取るって言うのは簡単だ。でも、もしアイツが俺を好きじゃなくなった時、俺はアイツにとって重いだけの存在になる」
「……」
「アイツには未来があるんだ。大人が重荷になっちゃいけない」
アイツのことを思うからこそ、手は出さない。気持ちも伝えない。バレなきゃいい、なんて無責任なことも言えない。アイツには危ない橋を渡らせたくない。
「……先生って大変だね」
「まぁな」
「それに先生、見かけによらずネガティブ。一生俺のことしか見えねーようにしてやる、とか言いそうなのに」
「言わねーよ」
「だって先生、俺様っぽいし」
「……まぁ、今まで何もしなくても勝手に女が寄ってきたからな」
「うわ、非モテの男敵に回したよ今」
「お前もよくおモテになるそうじゃねーか」
「意味ないよ。本当に好きな子に好きになってもらえなかったら」
きっと大橋は、こういう男を好きになっていたら幸せになっていたのだろう。悩まず、普通の高校生として、普通にデートして、普通に……。
「……山下、悪いな」
「謝んないでよ。先生が大橋のこと大事に思ってるの分かったし」
「……」
「先生、卒業したらもう俺たち生徒じゃないでしょ?じゃあいっぱい、アイツのこと甘やかしてやってね」
「……おう」
いい奴だな、お前。そう思って髪をわしゃわしゃと撫でてやったら山下は迷惑そうに顔を顰めた。
アイツの卒業を心待ちにしているなんて、俺はやっぱり悪い教師だな。でも、卒業式の日に言ってやろうか。
「世界で一番幸せにしてやる」
って。笑ってくれたら、いいな。
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