第2話

 僕、紅真広は包帯を巻いた腕を抑えながら保健室に向かっていた、

 今は授業中だからか、時折聞こえてくる教師の声が聞こえてくるぐらいで、静かなものだった。


「めんどくさいな……」


 保健室は別の校舎の一階にあるので少し遠い。

 まだ少し肌寒さを感じながら階段を下りて渡り廊下を歩く。

 日差しに当たればそれなりの暖かいのだろうが、今日は風が強い、

 少し早足になって校舎へ足を踏み入れる。

 そこから左に曲がると目的地だ。

 扉の前に立つと保健室の中から音が漏れてくる。

 きっと先生がテレビをつけているのだろう。


「失礼します」

「んっ?」

「あれっ」


 扉を開けると、そこには自分の予想とは違う光景だった。

 保健室にソファに女性、いや少女が一人。

 少女はうなじの後ろで一本に纏めた髪を尻尾のように揺らし、こちらを見る。

 綺麗な顔立ちとすらりと伸びる手足を見れば彼女を芸術的だと、創作物のようだと、そう表現できる美しさを放っていた。

 彼女の前にはアイドルや女優でさえ霞んでしまうだろう。


「真広君じゃないか」


 そんな彼女、骨咲沙耶先輩は煎餅をパリッと食べながらこちらに微笑みかける。


「先輩?なにしているんですか?」


 僕はそう聞きながら後ろの扉を閉めて保健室に入る。

 確か、二年生は今体育の授業ではなかったか?

 保健室の窓から外を見ると、校庭で授業を受けている生徒たちの姿が見える。

 僕の記憶違いではなかったようだ。


「そら保健室にいるんだから怪我してんの。

 ほれこれ」


 そういって先輩は左手を見せる。

 そこには簡易ギプスで固定されている人差し指と中指があった。


「どうしたんですかそれ?」

「手をついたときに折れた」

「病院行きなさいよ……」

「いいんだよ。

 どうせこの程度なら二日で治る」


 そういって先輩はへらへらと笑う。

 きっと普通ではないことなのだろうが、僕は治るとわかっているので大して驚きはしない。


「相変わらず折れやすいのに治るの早いですね。

 一週間前は右足折ってなかったです?」

「正確には右足の小指だね。

 いや、タンスの角に足ぶつけてなー……あれは地味に痛かった」

「漫画ですか」

「現実だね。

 それで真広君は?」

「これです」


 そう言って僕は包帯を巻いた腕を見せる。包帯の一部からは血がジワリとにじみ出て、赤黒く染め上げられていた。

 今日は少し量が多い。

 いつもならここまで出血することはないのだけれど……。


「互いに難儀な奇病だねぇ……」

「かれこれ十年以上の付き合いですけど慣れませんねぇ」

 僕たちは生まれついた奇病が長年の悩みだ。

 しかし、こんな病があったから先輩と出会えたので、悪いことばかりではない。

 ……いや時々貧血で倒れそうになるから差し引きゼロかもしれないかな。

 先輩も些細な衝撃や運動で折れてしまうので体育の授業はもちろん、普通に体を動かすのにも注意が必要だ。

「まぁ直治先生が治療法を見つけてくれることを願うばかりです」

「望み薄だけどね」

 違いない。

 僕は頷いて同意する。

「そういえば先生はどこに行ったんですか?」

「さぁ?私がここに来たときはいなかったよ。

 だから適当に時間をつぶすのにテレビ見てた。

 大して面白いものもなかったけれどね」


 先輩がテレビを指さす。

 そこに流れているのはニュース番組だった。


『最近では干渉者による干渉犯罪が増えてきているらしいですね』


 黒縁の眼鏡をした男性がそういうと画面が切り替わり、グラフが表示される。

 そこには線が波のように書かれており、右に進むたびに上に伸びていた。ここ数年の間だと急激に伸びている。


『今から百年前に起きた大災害、『異次元戦争』では大いなる活躍をし、戦後の現在でも各地で残った爪痕の復興支援などの活躍をしています。現在では干渉の使用は免許制になり、その能力で社会を支えてくれる人材です。

 しかし、文明の再生、その発展に余裕が出始めた現在。そんな干渉者がその隙を狙うように世界的に犯罪を起こしています。

 夜見切支部長、これについてレジストからはどう対策を練っているのでしょうか?』


 女性のキャスターがそういうと、反対側の席にいる女性が映し出される。

 画面中央下にテロップが映し出され、『レジスト日本支部長 夜見切文乃』と記載されていた。

 夜見切という女性は一度頷いて、凛とした表情で答える。


『我々レジストとしては各地の警察との協力してパトロール等の強化を行っています。

 人員増加の為に正式な隊員以外にも、干渉島からも人員を派遣する予定も立てられています』

『干渉島というと……学生をですか?』

『はい。学生と聞くと不安に思われるかもしれませんが派遣されるのは本部など我々の実力を保証された者たちを選出していきます。

 例えば……』

 

 それから夜見切さんの話は続いていく。

 世の中物騒だな。

 僕は他人事のようにそう思いソファに座り、背もたれに寄りかかる。

 隣を見ると、テレビに飽きたのか先輩が大きなあくびをしてとても眠そうにしていた。保健室に入ってきたときはきっちりとした姿だったはずなのに、いつの間にか制服を着崩してだらりとソファに横になる。とてもだらしない。

 相変わらずの姿だな……。


「世の中物騒ですね」


 僕が思った感想に先輩は目をこすりながら「あんっ?」と間の抜けた声を出す。

 ちらりとテレビを見た後、「あぁ」と僕の言葉を理解する。


「干渉なんて刃物とか鈍器とかと一緒だろ?

 扱い次第で善悪ーってのは今に始まったことでもないと思うけれどね。

 まぁ不干渉ノンフィア、つまり無能力者からしたらとても怖い話なのだろうけれど」


 先輩はどこか達観したように言う。

 確かにそうかもしれないと納得する。

 というか。


「僕たちだって不干渉じゃないですか。

 というかこれ差別用語ですよ」

「真広君だって今言ったじゃないの」


 沙耶は手をプラプラして答える。

 終わりにしたいというジャスチャーだ。

 沙耶は自分の興味を惹かれないことにはとことん執着が薄い。

 二、三言付き合ったらそれでお終い。


 いつものことだ。この話は終わりにしよう。

『続いてはゴールデンウィーク特集です。

 皆様はこのゴールデンウィークをどう過ごしますか』


 ニュースの話題が変わり、ゴールデンウィークの話になっていた。

 各地のおすすめスポットや、割引情報、市民アンケートなどが映し出されていく。


「明日からゴールデンウィークかぁ……」


 いつの間にか先輩は僕の足に頭をのせていた。

 膝枕の状態になり、僕はその綺麗な顔立ちを見下ろす形になる。

 テレビに向けていた顔を上にし、僕と目が合った。


「真広君は予定あるの?」

「予定ですか?」


 僕は頭の中にあるスケジュール表を確認する。

 そこには当たり前のように真っ白で特に予定なんてない、

 友達いないからなぁ……クラスメイトとは最低限にしか会話をしないし。

 かといって一人で出かける気になってならない。


「特にないですけれど」

「じゃあウチに来なよ。

 お泊り会をしようぜ」

「先輩の家でやることって、旧時代の映画とかRPGを縛りプレイするくらいですよね」

「じゃあ来ない?」

「行きますけど」


 しばらく幹重みきしげさん、先輩のお父さんにも会ってないし挨拶に行くのもいいだろう。

 それに先輩と一緒に過ごすのはとっても楽しい。

 断る理由なんてない。


「じゃあ色々準備しなきゃねー」


 先輩はしたから僕の顔をぺちぺちと叩く。

 こそばゆい。

 そんなことをしていると学校のチャイムが鳴り響いた。

 壁に掛けられた時計を見ると授業終了の時刻になっている。


「今日は五限までだし、どっか寄り道していこうぜ」

「いいですけど……どこ行くんです?」

「それは歩きながら決める」

「さいですか」

「じゃあ教室戻るかー」


 先輩はガバリと起き上がり、素早く身支度を整える。

 早業だなぁ。


「あっ」


 そういえば保健室での用事を忘れてた。

 僕は包帯を外して腕を見る。

 出血は止まっていて、そこには傷一つない綺麗な腕があった。


「これなら別にいいか……」


 体調にも影響していないし、問題ないようだし。

 困るとしたら、この血に濡れた包帯の処分だけども……まぁビニール袋にいれとけばいいだろう。


「どうしたの?」

「いえ、なんでもないです」


 保健室を出て、先輩と別れる。

 今日の放課後楽しみだな。

 少し、心が躍った。


 ■ ■ ■


 ホームルームが終わり、放課後になる。

 部活動に向かうものやこの後どうするか話し合う生徒でごった返している。とても元気そうだ。

 だが昇降口につくと一か所だけ開いた空間が出来上がっていた。

 そこにはホロウィンドウを眺めている先輩の姿があった。

 その先輩を中心にして半径2メートルほどに円状をバリアを張っているかのように人はその場を避けていった。

 そのくせに先輩のことが気になるのか友人と会話しながらもチラチラと見ている。

 先輩は良くも悪くも目を引くからなあの人は。

 そんな奇妙な光景に思わず苦笑する。

 先輩は僕が来たことに気づいてペン型の端末のスイッチを押して、ホロウィンドウを消す。


「だいぶ面白空間が出来上がっていますね」

「私、容姿と成績も完璧なんだけれどなぁ」

「ライオンみたいなものでしょ」

「あー……」


 例えに納得したようでうんうんと頷く。


「じゃあ真広君は飼育員さんかな?」

「それはちょっと……」

「ひどいなー!」


 そう言ってへらへらと笑いながら足を進める。

 僕もその隣に進む。

「さて、どこにいくとしよう」

「食べ歩きでもしますか」

「う~ん……」

 顎に指をあてて悩むしぐさをするが、すぐに両手をポンッと合わせる。

「枕を買いに行こう」

「枕?」

「そう枕。

 最近夢見が悪くてさ、枕を新しくして気分を変えてみようかと」

「そんなにひどい夢を見るんですか?」

「なんかこう、自分が化け物になって、人やほかの化け物を殺していくみたいな」

 なんだそれは……。

 でも確かにあまりいい夢とは言えないな。

「だいぶリアリティのある夢でさ、臓物とかぶちまけたり、体がばらばらになる光景だったりとか、だいぶスプラッター映画ばりのグロさだぜ」


 話を聞いてると気分が悪くなる。

 僕はそういった血みどろとしたのは苦手だ。

 そんな夢を見た日には一日最悪な気分で過ごすことになるだろう。


「旧時代の映画でも見たんですか?」

「最近は見てないなぁ」

「そうなんですか……」


 そんな話をしているとあっという間に校門についた。

 そこを左に曲がって近くのバス停まで行くとショッピングモールまで連れて行ってくれる。

 僕たちはそのバスに乗るために左に曲がろうとすると、大きな影が落ちた。

 ふとそちらを見ると、僕や先輩よりも遥かに大きな人物がそこにはいた。

 灰色のパーカーからでもわかるほどガタイの良く、履いている迷彩色のズボンがぴっちりのしていて、茶色いブーツも普通では見かけないほどの大きさだ。顔はパーカーについているフードが覆いかぶさって確認することが難しい。


「アノー、スミマセー」


 カタコトの日本語で話しかけてくる。

 声からしてどうやら男性のようだった。


「葛巻コウコー、ココ、アッテイマス?」


 学校を指さしながら確認するように男性が訪ねる。


 学校?学校に何か用があるのだろうか?

 とりあえず僕はそれに頷いた。


「オー、ヨカッタヨカッター!!」

「はぁ……」


 男性が手を叩いて喜ぶ。

 まわりからは多くの生徒がこちらに向けて視線を送っていた。

 あまり視線は気にならないほうだけれど、ここまで集まってくるといささか居心地が悪く感じる。


「ジャア、モヒトツ、キキタイ、OK?」


 男性が右手の人差し指を一本立てる。

 そこで僕は気が付いた。

 男性の手は異様だった。

 そこにあるのは人の手の形をしているが、毛深く、爪が長い。

 獣の足を人間っぽくすればこのようになるのではないだろうか。

 男性は左手でいつの間にか取り出した紙を見て「アー……」と何かを悩むように声を出す。


「ミス・ホネサキはアナタ?」

「は?」


 突然名前を出された先輩は驚く。

 僕もだ。なんでいきなり先輩の名前が出てくるんだ?

 先輩を見ると目が合う。珍しく困惑している様子だった。


「あぁそうだけど、私に用があるのかい?」

「オー、アッテル!イエー!」


 先輩の返答に男性がガッツポーズを取る。

 そして何かを呟く。

 すると先輩が僕の頭頂部を掴んで自分がしゃがむと同時に下に強く押す。

 いきなりのことで抵抗ができなかった僕はそのまま身体も下がり、同時にその上を豪速で何かが通り越した。

 一呼吸の間がが開いて隣を見る。

 そこには校門の塀の一部が砕けていて、そこには男性が腕を振りぬいた姿で固まっていた。

 周りでは一呼吸遅れて悲鳴や怯えが広がる。

 どうやら被害は塀だけのようで怪我人はいなかった。

 風が強く吹き、頭のフードがめくれる。

 フードの下にあった顔は狼だった。

 紛れもなく、骨格から皮膚、毛、目玉、顔のすべてが狼の形をしていた。


「真広君っ!走るぞ」


 先輩は僕の手を掴んで狼男の反対側に走り出す。

 体勢を崩しそうになるが、なんとか踏ん張ってそれに続いた。

 胸の中がとてもざわつき、汗が噴き出る。

 自分の中の本能があれが危険だと知らせている。

 ちらりと後ろを見ると狼男は大きな背伸びをした後、ニヤリと笑う。

 それは獲物を狙う獣の目だった。

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