第33話もう一人のリサ

大晦日のカウントダウン、子供は胸躍らせながら寝るのを我慢してその時を待つが気がつけば寝てしまっている。

初日の出、子供は朝早くに起きる計画を立てるが眼を覚ますとすでに日は昇っている。


「コンプリートじゃないか…俺」

そのどちらも叶わなかった子供以下の男、加嶋与太郎。


正月の朝のコンビニにはお客は一人もいなかった。

適当に買って、白い息を眼で追いながら彼は歩いていた。


特に予定の入っていない元旦。

さすがに一人で初詣に行こうとは思わない。


リサはクリスマスの日以来連絡をして来ない、リトライにも顔を出していないと聞く。

一緒にいればいい、と言った与太郎はその日恥ずかしさで寝ることができなかった。


少し不安定になりつつある彼女、仲が悪くても心配くらいはしてしまう。

ちゃんと家にいるのだろうか、彼自身も不安になりながら自宅の扉を開ける。


「あ、与太郎?ボディソープ切れてんだけど!」

「おっと、こっちの家にいた…」

しかも勝手に風呂まで利用していた。


「与太郎!」

「うっせぇ、聞こえてるよ!」

棚から彼女の望みの品を取り出して、風呂場の扉の前に立つ。


ガラス越しに見えるリサのシルエットが視界に入って硬直する。

欠点が見つからないほどの完璧な美を彼女は持っている。


「…」

彼も男、この高鳴る胸の鼓動は正常な証拠。

彼は一度入浴中に勝手に扉を開けられたことがある。

しれっとした顔で開けて手に持っているものを差し出し、何事もなかったかのようにしてやろうか。


いや、男がされるのと女がされるのとでは大きく違う。

伸ばしかけた手を引っ込める。


「与太郎っ!」

「お前が開けるんかーいっ!」

バスタオルを巻きつけたリサは彼にとって鉄格子のように感じた扉を何事もない顔で開け放っていた。




風呂場を出ると再びシャワーの音が鳴り響く。

新年早々何て日だ、と彼はその場にしゃがみ込んだ。


「あ、開いてる、与太郎!」

「今度は何だ!あ、葵か…」

鍵を閉め忘れていた扉を勝手に開けて侵入してきたのは葵、そしてその後ろには美佐の姿もあった。


「ちょ…葵、チャイム鳴らそうよ…」

「与太郎が変なことをしてても冷たい眼で見るくらいだから大丈夫だって」

「さすがにそこは慌ててほしいです」

おそらく葵の考えで連絡なしで彼の家に訪問しようと提案したのだろう。


「明けましておめでとう、加嶋君」

「明けおめ!初詣いこっ」

「おめでとう…また唐突だな」

これも慣れているため驚きはしない。

着物姿じゃないのが残念だが、この二人と初詣に行くのも悪くない。


「与太郎!リンスもない!」

「…」

「…」

「おほっ、さっそく冷たい眼!」

風呂場にいる存在をすっかり忘れていた与太郎だった。






「いや、本当に何でもないんだってば」

「…むぅ」

神社に到着してもまだリサは美佐に言い訳をしていた。


朝、二人は先に与太郎と雄也の家に寄った後にリサ宅に向かう予定だったらしい。

雄也は墓参りがあるとのことで今日は欠席だった。

男一人という贅沢すぎるこの状況、彼は一人ずつ様子を伺ってみる。


「…」

「な…何かな加嶋君」

やはり照れた顔も可愛い美佐。


「…」

「ん~?」

背は低いが学校では可愛い女子の部類に入っている葵。


「…」

「何見てんだ、殺すぞゴミ」

差が半端じゃなかった。




一列に並んで賽銭をした後、皆でおみくじを引く。

受付で番号を伝え結果が書かれた紙を受け取った。


「葵っ、私大吉!」

嬉しそうに飛び跳ねている美佐、女子はこういうのがとても好きである。


「いいなぁ私中吉だ…、リーは?」

「アタシも中吉だった」

盛り上がる彼女達、とても絵になる構図だった。

与太郎は微笑みながら自分の持つ紙を開いていく。


「うわ…小吉かよ…」

「大丈夫、アンタの顔はいつだって大吉だから」

「すごいアホっぽいね!」

リサの下手くそすぎるフォローは逆に彼の心にダメージを与えるのだった。



適当に出店を周り、楽しい一日を過ごしていた。

夏に祭りに行った時のことを彼は思い出す。

あの時の彼女達に比べたらだいぶ柔らかく接するようになった。



先ほどから食べてばかりいるリサを注意しておこうと彼は店前に立つ彼女に声をかける。


「おい、飯田」

「はい、なんでしょう?」

「…え」

振り向いたリサの表情がいつもと違っていた。


「何よ与太郎、邪魔するっての?」

「いや…何でもねぇ」

気のせいだと思わせるほどの一瞬だった。

言葉遣いも今の彼女のものではないことをリサ本人は気がついていない。


葵と美佐はすぐ近くのお守り屋にいる。

間違いなく彼はいけないものを見てしまった。

リサは無意識で記憶喪失前の反応をしてしまったのだろう。


「おいそこのゴミ」

「ん…あ、おう?」

「ありがたく受け取りな」

そう言って彼女が差し出してきたのは出来立てのたこ焼きだった。


「あ…あぁ、くれるのか」

「何ボーっとしてんのよ、バカなの?それとも大バカなの?」

「うっせぇな、いただくよ」

リサの罵倒が少し寂しく思えた。



記憶が戻るのはどういう時なのだろうかと彼は考えた。

明日には治る、とか手術で治る、といったものではないことは確か。


じゃあそれって―――。


さっきの彼女の反応から察するに、

気がつけば記憶が戻っているという流れになってしまう可能性が高い。


つまり彼女からすれば、


知らないうちに自分が消えている。





「あ、おいしそう!」

「ん、あげる」

リサは戻ってきた美佐にたこ焼きを一つ口元に差し出した。


「ん~っ!」

「バカだね、火傷するよ」

もうすでに仲のいい友人としか見えない。



「与太郎」

「ん、どうした葵」

与太郎の隣に立つ葵は二人に聞こえないように小声で彼に話しかけた。


「リーさ」

「ああ」

「たまに別人に見える時がある」


これではっきりした。

この葵がそう言うってことはさっき彼が見たものは間違いではなかった。


「葵」

「ん」

「覚悟はしとけ」

楽しそうにはしゃぐ二人を見ながら彼は小さく呟いた。


「…与太郎も、ね」

「…」


葵は別人だと言った。

それは先ほど見たリサであり、住む世界が全く違う人物の事。



もしかすると記憶を取り戻しても今後関わることがあるのではないか、と考える時があった。



新年を迎えた今日、その考えは完全に崩されたのだった。

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