第6話それぞれの日常
ストーカーになっている気分だった。
桜花高等学校の校門がかすかに見える程度の距離に二人はいた。
大きな木の後ろに隠れる与太郎とリサ、すぐ横で流れる川がとてもキレイだった。
何を待っているかは他でもない。
だが今はもう夕方、彼らが待つ存在はすでに帰宅しているのではないか。
「生徒会長って聞いたからまだいると思うんだけど…」
伊集院 悟(いじゅういん さとる)
桜花高校では飯田リサと並ぶ有名人で1,2を争うほどのお金持ち。
そして生徒会長。
「そいつ本当に人類か?」
「アンタと違って人類よ」
「黙れマウンテンゴリラ」
「あぁ!?」
「あぁ!?」
身を潜めながらも喧嘩をする、もうこの二人の関係はこれが通常である。
リサは納得がいかなかった。
婚約者ということはもちろん親は知っているはず。
むしろ両親が決めたことの方が確立は高い。
なのに。
リサの母親は何も教えてくれなかった。
両親との関係にどんどん不安になってくる。
「出てきたわ、あれよ」
校門から出てきたのは伊集院で間違いない。
黒色の高級車の後部席に乗ろうとしているところだった。
「どう思う?」
「…自分が本当に人類か心配になってきた」
見た目だけでわかる欠点のなさ。
与太郎とは比べること自体間違っているほどの差。
「あれが婚約者らしいのよ」
「星の王子様みたいだな」
「あんなのにキザったらしい口調で声かけられてみなさいよ」
リサの顔がどんどん青ざめていく。
「一日に何枚エチケット袋持たなくちゃいけないのよ…」
「…お前な」
「うぐ、またゲロ吐きそう」
「その顔でゲロとか言うな」
見た目は完璧なリサからそんな言葉が聞けるのは与太郎ただ一人だけ。
全く彼にとっては嬉しいことではない。
「…アンタちょっとこっち見なさい」
「ん?」
「…」
「…」
二人向かい合う。
じっとリサは真剣に与太郎の眼を見つめていた。
「オーケー、落ち着いたわ」
「うむ、俺を見た理由を聞こうか」
「底辺な生き物で塵以下の…」
「オーケーもういい、きっと泣いてしまう」
そう言っていると目的の人物は車に乗って去っていく。
正直今のリサの悩みの種を眼にしたところで彼にはどうすることもできない。
恋人でもなければ友人でもない、ただ誰も知らない彼女の秘密を知っているだけ。
リサ自身もわかっているのだ。
どうすることもできなければ、何もしてはいけないことを。
偽物の彼女が何か行動を移すことは本物のリサを裏切る行為になってしまう。
だけど彼女はただ流れに身をまかせて過ごすのが苦でならなかったのだ。
「…ホント、アタシはアタシ自身を恨むわ」
「お前…」
なぐさめの言葉なんて与太郎にはかけてやれない。
彼はおだやかな表情でリサの肩に手を置こうとした。
「あら?リサお姉様?」
「ふんっ!」
「ぶぉっ、あ…あああぁああぁぁぁぁ…っ」
お互い油断していた。
前方からやってくる存在に二人は全く気がつかなかった。
声をかけてきた人物にバレないようにリサは与太郎の顔面を思いっきり殴って川に落とした。
「今何か川から…」
「そ、そう?気のせいではないですか?」
瞬時に<飯田リサ>を演じる<リサ>。
話しかけてきたこの桜花高校1年の女子生徒。
名前は金剛 菜月(こんごう なつき)。
リサを異常とも言えるほどに慕っている。
与太郎の存在をこの子にだけは知られてはいけない。
何故なら菜月は庶民が大嫌いなのだから。
成大高等学校では来週、体育祭が開催される。
2年3組の教室では朝のHRでそれぞれが何に出場するか話合っていた。
与太郎はため息を付きながらまだ痛む鼻を押さえていた。
「くそ…あのアマゾネスめ」
「ん、何か言った?」
「あぁ、いや何も…」
「…?」
つい昨日の出来事を思い出し、恨みが口に出てしまったのを美佐に聞かれてしまった。
今度あったらタダでは済まさん、と何度呟いたことだろう。
「おい加嶋と山田」
話し合いに参加する気のない与太郎と雄也に教師が声をかける。
「今年は何もするなよ?」
「やだな先生、楽しい体育祭ですよ?何もしませんって」
担任の台詞が何を示しているかはクラスメイト達も理解している。
とぼけたように雄也は笑顔で返答する。
「毎度毎度イベントで何かしおって…」
いい大人が怒りで手を震わせていた。
「去年のリレーで別のクラスのバトンに何を仕込んだか覚えているか?」
「あ~確か電流装置仕掛けてたんだっけ」
担任の問いかけに答えたのは葵。
「いやぁあれは高かったな雄也」
「ああ、だがオンにした瞬間バトンが空を舞っていたのはすごかったな!」
去年の体育祭のリレーでのこと。
陸上部が揃っているクラスのバトンの筒のようになっている輪の中に与太郎と雄也は小型電流装置を仕掛けておいた。
丁度アンカーにバトンが渡ったときにスイッチを入れる。
痺れて持っていた生徒がバトンを空へ放り投げた。
そのおかげでそのクラスに勝利はなかったが、彼らのクラスにも当然勝利はもらえなかった。
この高校で加嶋与太郎と山田雄也に逆らえる生徒はいない。
恨みはあれど、仕返しが怖いため誰もアクションを起こすことができないのだ。
だが、それを楽しみにしている生徒も少なからずいる。
今回もあの二人は何かをやってくれる、と。
「んで太郎、今年はどうすんだよ」
「ん~」
休み時間、雄也は彼の席へとやってきてHRでのことを持ち出す。
もちろん何かはする、がここのとこ与太郎はそれどころではなくて時間がなかった。
するといい事を思いついたのか雄也がとんでもない案を持ち出した。
「我が校の人気女子生徒、栗山美佐のブロマイドをワイロとして配るか」
「ちょっ!ヤマ君!?」
いい案ではあるが、その本人がすぐ後ろにいる。
「ダメだ、そんな物俺が全て回収する」
「加嶋君までっ!」
与太郎の言葉は冗談ではあるが、可能なら是非いただきたい代物である。
「私のなら配ってもいいんだよ~」
葵がお色気ポーズをとりながらこちらにやってくる。
「回収料金いただきますが…」
「ふんっ!」
「があああっ、また鼻ぁああああっ!」
机に置いておいた辞書で昨日と同じ場所を殴られる与太郎。
葵も十分可愛い部類に入るのだが、これがいつものやりとりなのである。
「ホント、楽しい学校だよね」
彼の後ろの席で微笑む美佐を見て、与太郎は何故か言葉を返すことができなかった。
いつもなら賛同しているはずなのに。
違和感を感じさせた存在、飯田リサ。
今の彼女は仮面をいくつも被って生活をしている。
周りにバレないように、全く楽しみのない毎日を。
「…」
「…ん、何だよ葵」
「べっつにぃ」
普段とは違う表情に気がついた葵だが、特に詮索する様子はなかった。
今年も彼らはいつものように何かをする。
ただこの時の与太郎は知らなかったのだ。
高校のイベントがネット上で告知されることを。
そして、あの悪女がたまたまそれを見てしまうことを。
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