俺の物語のヒロインがコイツだなんて認めない!

@hiroma01

第1話俺の物語

「ねぇ、アタシ記憶喪失みたいなんだけどどうしたらいい?」


突然顔を隠していたパーカーのフードを外して彼女は言った。


ブロンドの髪に眼を奪われるような容姿とスタイル。

高校の制服を着たその女子生徒は、何の取り柄も無い彼に話しかけてきた。

キレイな月明かりの下、真剣な眼差しで。



この少女との出会いが、彼の物語を狂わせた。









新しい季節がやってきた。

新入生を迎える入学式を終え、それぞれが新しい教室へと入っていく。

成大高等学校2年3組が本日から一年間彼がお世話になる教室。


加嶋 与太郎(かしま よたろう)

黒板に張り出されている名簿の中からその名前を確認して指定された席へと向かう。

窓際の後ろから二番目、かなり良い場所だといえる。


教室を見渡すと去年同じクラスだった生徒がチラホラいる。

そのせいか新鮮味がない。

だが、彼にとってそんなもの必要ないのだ。


―――なぜならば。



「おはよう加嶋君、また同じクラスだね」

後ろの席の女子生徒こそが、新鮮味を必要としない正体。


栗山 美佐(くりやま みさ)

真っ直ぐな黒髪、乱れのない制服。

容姿端麗、成績優秀、そして天使のような優しくて大人しい性格。

誰からも好かれ、信頼される彼女は人々の心のオアシスとも言えるのではないだろうか。


「お、おぅ栗山、まただな」

必死で照れを隠す。


そう、はっきり言えば与太郎は彼女に恋をしている。

去年の入学式に一目見た時から。

出席番号順が近いことが彼女と仲良くなれたきっかけだった。


「楽しい一年になるといいね」

「だな!」

美佐の中でも与太郎はとても仲のいいメンバーの内の一人に入っている。

それを彼はわかっている、だからこそ今年こそは伝えようと心に決めていた。


忘れられない一年にするために。




新しい担任とクラスの自己紹介が終わり、今日は早めのお開きとなった。

皆この後の予定で賑わっている、当然直帰する生徒なんてほとんどいないだろう。



「おっす太郎に栗山、また同じクラスだな」

カバンを持って現れたのは茶色の髪をした山田 雄也(やまだ ゆうや)

去年の入学式、こっそりと抜け出してサボろうとした与太郎と同じことを考えていた雄也はその時に意気投合した。

もちろん見つかって二人とも戻されたのだが。



「雄也か、また三人一緒だな」

「ふふ、そうね」

後ろにいる美佐が口元に手を当てて笑う。


「ちょっとちょっと、四人でしょうがっ」

「わわ…、急に抱きつかないでよ~」

美佐に抱きついてきたのは東田 葵(とうだ あおい)

肩くらいの長さの少しクセのある髪、いつも元気で誰とでも仲良くなれるような子だ。

そして与太郎がいつも行っている喫茶店の店長の妹。




「そうだ、これから皆でゲーセン行こうぜ」

「お~山、いいこと言うじゃんっ」

このまま帰るのはもったいないと言う雄也にノリ気の葵。

いつものメンバーにいつもの流れ、正直リア充と言われてもおかしくない日常だった。







「ミー、私の前を走るとはいい度胸だね~!」

「ちょっ!葵っ、今スター取ったでしょ!」

駅の近くの行きつけのゲーセンでは大盛り上がりだった。


「すまん太郎、ケツから何かがっ!」

「うあ!おまっ、バナナの皮あぁああああ…!」


与太郎はこの高校生活にとても満足をしていた。

友人達といろんな場所に行き、楽しい時間を過ごし、そして…



「久しぶりだなープリクラ!」

「ほら、ミーと与太郎もっとくっついて!」

「え…あ、おい…っ」

「わ…っ」


―――恋をして。





間違いなくいい思い出になる一枚。

恥ずかしそうな表情の与太郎と顔を真っ赤にする美佐。

与太郎はこの一枚を、この光景を大切に心に保管した。





夕食時まで遊びとおした彼らは駅前で別れの挨拶を交わす。

美佐は実家から電車通学、葵は女子寮でバス、雄也の家は与太郎とは逆方向。

彼らが遊んだ後はいつもこの場所で解散となる。


与太郎は軽く手を挙げて足を動かした。

住まいは七色荘。

始めは男子寮を希望したが抽選で落ちてしまい、悩んでいたところに女神が現れた。

喫茶店に入りどうしようかと悩んでいたら、そこのオーナーの女性が七色荘を紹介してくれたのだ。

かなり古いが与太郎しか住んでいないため騒がしくしても誰にも怒られない。

その日からその喫茶店が行きつけなった。

オーナーは穏やかで優しい人だが、そこの店長は葵の兄でかなり変わった人だ。

だが、困っている人がいれば放っておけないのか何かと相談に乗ってくれる。



帰りにまた寄っていこうと駅近くの噴水前のベンチに座り込んだ。

目的は他でもない。

彼はポケットに仕舞っていたプリクラを丁寧に取り出した。


美佐とこんなにも近距離で写っている。

自然に頬がニヤけてしまう。

二人の友達以上恋人未満のような表情がたまらなかった。



「ねぇ」

「…うん?」

我を忘れかけていた与太郎は突然声をかけられ情けない返事をしてしまう。

灰色のパーカーを着たその人物はフードを被っているため顔がはっきりとわからない。

中から見えているのは高校の制服、スカートから女子生徒だということは把握できる。


仕事や学校から帰宅していく人々が彼らを通り過ぎていく。

照らし出すのは月明かりと街頭。


「誰だ…?」

恐る恐る与太郎は彼女に問いかけた。


すると彼女はフードをゆっくりと外した。


同い年くらいのとてもキレイなハーフ顔の女子。

長いブロンドの髪がなびいている。

与太郎の頭の中はいろんな事で大変になっていた。


今見ているものは現実に存在しているものなのか。

こんなキレイな子が何故彼に話かけてきたのか。

それにこの少女はどうしてこんな、



「アタシ記憶喪失みたいなんだけどどうしたらいい?」



意味のわからないことを言ってきたのか。

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