SLAYER-スレイヤー-

KUJO

序章

第1話 序章と少女の夢

脚注


エスクラペス国

サラとフランカが住む国。


◇◇◇


遠い昔、ある小さな島の丘の上に青白く光る芽が生えた。


島の人々は神の啓示けいじだと考え、それをあがめ信仰した。


それから百数年、芽はやがて島を見下ろすがごとく大樹へと成長した。


すると島の女性たちに異変が訪れた。


何もない場所から火を出し、水を出し、風を発生させ、大地を動かす力が発現しはじめた。


◇◇◇


古来より人と竜は共存していた。


互いに狩り、狩られる存在だった。


人の個体数に比べ竜の個体数は圧倒的に少なかった。


だが竜を1体狩るのに人は1000人の犠牲を要するといわれた。


そうして均衡きんこうが取られていた。


しかしある年を境に竜は大繁殖し、個体数が急増した。


当然人の被害は甚大、世界の人口が4分の1ほど減少した頃だった。


今まで戦争していた世界の国々はやっとのこと協調し、竜の対策をこうじ始めた。


様々な対竜兵器を作り出すも焼け石に水、戦果は頭打ちだった。


そうしている間にも人の犠牲は増えるばかりだった。


頭を悩ましていた各国首脳の元に伝令が走った。


「とある島に魔法のような不思議な力を持つ民が住んでいるとのことです」


わらにもすがる思いでその民と接触を図った。


島の民達は竜退治を請け負った。


島の女性達は世界をまたにかけ竜を狩り尽くした。


人々は感謝し、讃え、畏敬いけいの念を込めて島の女性達を竜を滅する者、「スレイヤー」と呼んだ。


◇◇◇


「ママぁ~!!フランカさぁ~ん!!」


豪雨と強風の中、1人少女は泣き叫んでいた。

風に飛ばされないように、頼りない木にしがみつきながら。

彼女の周りにはすでに土砂流どさりゅうが流れ込み、身動きが取れない状態だった。


予報通りの豪雨と強風。

ここ、エスクラペス国の一部の地域は台風に見舞われていた。



半刻ほど前。


一日中降り続いた豪雨はやがて河川の堤防を決壊させた。

川沿いの町はあっという間に浸水し、少女の住む隣町まで濁流は迫った。


浸水が始まってからのフランカの判断は早かった。

少女の家に上がりこむと、少女にレインコートを着せ手を引き隣町の境にある山を目指した。


外は薄暗く、大雨と暴風。

晴れていればまだ日が沈むのには一刻ほど早い時間帯だった。

近隣の人たちも悲鳴を上げながら慌てて家を飛び出してくる。

怒号が飛び交う。


「高い所へー!」「山を目指せー!」


町の出入り口では町長が大声を出して誘導している。

出入り口を出た頃には少女の足首まで浸水していた。


フランカは早足になりながら少女に言い聞かせた。


「いいかい、もし私とはぐれても、みんなについて行って山を目指すんだよ」


少女はコクコクとうなずいた。

町の人達も波になったように足早に山へと目指す。

山のふもとについた頃には少女の膝のあたりまで浸水していた。


登りはじめたころ道は狭くなり、少女はフランカの斜め後ろにはぐれないようについていた。

土砂崩れに注意しながら登っていく。


すると不意に少女は後ろから割り込んできた男に突き飛ばされた。

男は少女に一瞥いちべつくれることもなく、ひたすら前に割り込みながら人の波に流れていった。


「フランカさん!」


少女はフランカを呼んだが豪雨の音と悲鳴、怒号に声をかき消された。

起き上がった頃には声に気づくことなくフランカも人の波にまぎれ見えなくなっていった。

少女は泣き出しそうになったが我慢して前の人について行った。

大丈夫、何度も登った山だ。

少女は自分に言い聞かせた。


この山の傾斜けいしゃは比較的穏やかなほうだったが、時折険しい斜面もあった。

大人は平気で登っていくが、ぬかるみもあり少女は迂回して緩やかな斜面を登るしかなかった。

次第に少女は人の波の後方についていくしかなくなった。


また急な斜面に出くわし、少し迂回して登りやすい場所を探り、なんとかその斜面を登ったときには暗さもあいまって前に人は見えなくなっていた。

後ろを振り返っても誰もいない。


その時ひときわ大きな雷が鳴った。

少女は駆り立てられたように走り出した。

どっちが本当の道かなんてわからない。

泣き叫びながら走り登るしかなかった。


完全に人の通っていた道から外れた少女は、やがて無理に大きな斜面を登ろうとして転げ落ちた。

落ちた先は10平米ほどの平地だった。

少女は泥まみれになりながらも立ち上がった。

するとみるみる足元に土砂流が流れ込んできた。


少女が転がってきたほうはほとんど断崖だんがい勾配こうはいで登ることはできなかった。

その方向の反対に大人2人分くらいの高さの小さな山があった。

なんとかよじ登り山の上にポツンと生えていた木にしがみついた。


土砂流は次第に水位を増していく。

強い突風が吹いた。

少女は折れそうな木に命を揺すられる。

土砂流がこくこくとせまりくるさまを、少女は泣きながら見ているしかなかった。


すると土砂流が流れてくる方向から大きく飛沫しぶきを上げ、打ち上がって来た波が少女を襲った。

少女は目をつぶりすべてを諦めたその刹那だった。


「スエロ!」


その声と同時に土砂流の中から土が現れ、盾の形を成し、少女を覆い隠し波を凌いだ。

その後すぐに少女は抱きかかえられ体が空に浮かんだ。

少女がしがみついていた木は今しがた流れに飲み込まれていった。


その人は杖のようなものに横座りになり少女を抱っこした形で空を飛んでいた。


「怖かったね...もう大丈夫だよ」


その人は少女を胸に抱き、優しく言った。

少女はさきほどの恐怖心からなのか安堵からなのかわからない、ただひたすらに大声を出してその人にしがみつき泣きじゃくった。


少女はそのまま山の頂上に送られた。

山頂に着地せんとする少女の姿を認めると、フランカは走り寄って少女を強く抱きしめた。


「サラ・・・良かった、良かった」


フランカは涙を浮かべた。

サラと呼ばれた少女はまた泣きじゃくった。

その人は2人を優しく見守っていた。


頂上には少女の町の人や隣町の人が大勢避難してきていた。

少女を送り届けた人は変わったローブのようなものを着ていた。

同じくローブのようなものを着て、同じような杖を持った人が何人かいた。


「土砂崩れに注意してくださーい!」


その人達はしきりに避難してきた人達に指示を出しながら安全な場所に誘導していた。

少女と同じように、避難に遅れた人たちを乗せたローブの人たちが続々空から着地していく。


一人のローブの人が少女を送り届けたローブの人に告げる。


「団長、モラタ町は一通り見て回りました。」


「うん、オッケー。でも一応見落としがないようにまだ数人回らしといて。私達はレマル町行くよ。」


「了解です。」


話しかけたローブの人は他のローブの人達に大声で伝えていく。


少女を送り届けた人は少女に明るく言った。


「それじゃ!まだまだ大変だから私は行くね!」


「あの!」


少女が呼び止める。

その人は棒に横座りになりながら少女の方を向く。

少女は感謝の意を伝えたかった。

だがその裏腹に出てきた言葉が、


「お名前教えてください!」


その人は満面の笑みで答えた。


「私はアリス・スールシャール、スレイヤーだよ!またねサラちゃん!」


そう言うと空に浮かび、隣町の方へ飛んでいった。


少女が偉大なスレイヤーになると心に誓った出来事である。

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