マキねぇと僕とストラップ

へんさ34

マキねぇと僕とストラップ

「フクロウって、縁起物なんだって」

 いつだっただろうか、彼女がそんな話を持ち出したのは。

 隣に住む二つ年上のマキねぇは、国立のT大に現役合格を果たした秀才だ。今は、大学受験の僕のために家庭教師を務めてもらっている。

「どういうこと?」

 僕は計算する手を止めずに聞き返す。

「フクロウは『不苦労』で『福ろう』なんだって。だから、縁起物」

「ただの語呂合わせじゃんか、くだらない」

 思わず素っ気ない返答をしてしまうが、後悔してももう遅い。

「まぁまぁ、そう言わずにさ」

 彼女は僕の手元に何か小さいものを置いた。

「これ、あげるね」

 顔を上げる。彼女はそんな僕に優しく微笑む。

 見ると、ちいさなフクロウのストラップだった。陶器で出来ており、指先ほどの大きさのデフォルメされたフクロウがこちらを見つめている。

「この前、二人で初詣行ったでしょ? あのときにコッソリ買っておいたの。ただの合格祈願お守りより、かわいくていいかなーって思って」

「いつの間に……」

「ふふ、ないしょー」

 僕は用紙に解答を書き込むと、ストラップを指先でつまんだ。くりっと、した目がこちらを見返す。

「改めて、受験、頑張ってね。」

 そう言って、笑った。とてもかわいい、と思った。

 このストラップ、お守りにしよう。

「あ、それ答え違うよ」

 彼女は解答用紙を覗き込む。必然的に顔が近づく。

 髪の毛から、ふわりと良い匂いがした。

「T大の問題はだいたい解は綺麗になるんだって。√394/3なんてヘンな数字にはならないよー」

 なんだかどきまぎしてしまってそれどころではない。

「わ、わかったからどいてよ。手元が見えないって」

「あ、ごめんね」

 彼女は身を引いた。

 ふぅ、とため息をつき、僕は再び用紙に向かった。







 クソッ。

 思わず吐き捨てたくなった。

 試験の残り時間は10分を切っている。

 大問の4。(3)が(2)の答えを利用して解く問題なのだが――――明らかに(2)の答えが違う。あまりに数値が汚すぎる。

 シャーペンを握る手に、じわりと汗が滲む。

 どこが間違っているのかさっぱりわからない。計算ミスなのか、根本的に解き方が違うのか、はたまた問題の解釈ミスなのか。

 どんどん視野が狭くなっていく。検算をすればするほど、どこが違うのかわからなくなっていく。

 問題用紙が滲んで見える。やけに部屋が暑い。手に力が入らない。上手く息が吸えない。

 やっぱり高望みだったのか。

 二つ違いのマキねえは、幼い頃から憧れだった。勉強もできてスポーツも得意で、美人で、それでいて驕らない。

 そんなマキねぇが好きだ。

 同じ大学に入りたい。

 ふと、お守り代わりに机に置いたフクロウが目に入る。

 デフォルメされたくりくりの目が、こちらを見返してくる。


――頑張ってね。


 マキねえの声が聞こえた気がした。


 ふっ、と冷静になる。まだ時間はある。最後の五分は見直しに使いたい。とすると、この問題にかけられる時間は五分。場合分けから順に丁寧に見ていこう。


 僕はフクロウを左手に握り締めると、再び問題用紙に向かっていった。

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マキねぇと僕とストラップ へんさ34 @badora-

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