虚空言行録

長門拓

はじめに

「西行法師常に来りて物語して云はく、我歌を読むは、遙かに尋常に異なり。 華、郭公ほととぎす、月、雪 すべて万物の興に向ひいても、凡そ所有相皆是虚妄なること眼に遮り耳に満てり。 又読み出す所の言句は皆是真言にあらずや。華を読むともに華と思ふことなく、月を詠ずれども実に月とも思はず只此の如くして、縁に随ひ興に随ひ読み置く処なり。紅虹たなびけばいろどれるに似たり。白日かゞ やけば虚空明かなるに似たり。然れども虚空は本明かなるものにあらず、又色どれるにもあらず。我又此の虚空の如くなる心の上にをいて,種々の風情を色どると雖も、さらに蹤跡なし。此の歌即ち是れ如来の真の形体なり。」(弟子喜海の「明恵伝」より)(傍点筆者)


「これは何でしょう?」

「若い頃の明恵が西行と歌について議論したんだけど、その時の西行の言い分だね。西行は歌論のようなものはほとんどのこってないし、これも本当に西行が言ったのか疑わしい所はあるんだけど、まあ大体そんなところ」

「で、何が言いたいんですか?」

「特に何でもないんだけどね。昔、この文を読んだときに、『虚空』って言葉に妙に考えさせられたっていうのかな、そういう経験があったの」

「虚空って『虚無』とはまた違うんですか?」

「西洋流の『ニヒリズム』っていう意味だったら、それとは違うようだね。ノーベル文学賞を受賞した川端康成が、『美しい日本の私』って記念講演をしてるんだけど、その最後の方で、これを引用してたりする。彼流のちょっと真意が捉えにくい、あいまいな文章だけど、興味があるなら読むといい」

「んー。多分読まないと思います」

「はっきり言うね君」

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