2556話 騎馬巧者

それにしてもこいつは何を考えてるんだろうね? シュガーバを見下してるが故に戦う気はないみたいなことを言ってたが……

自分は全身を鎧で固めてるくせに、オシャレであるが故に無防備に見える私に戦いを挑んでくるとは……もしかしてこいつ弱いんじゃない?


「よくぞ言った。吟遊詩人にしては立派である。褒めてやろうぞ」


さっきまでブチ切れてたくせにもう冷静になってる。情緒不安定か? しかも私を吟遊詩人だと分かってて戦いを挑んできてるんだよな? やっぱこいつ弱っちいんじゃない?


「いいからかかって来い。こいつで相手してやるよ。」


得物はもちろん不動。お前のフルプレート鎧はたぶんミスリルなんだろうけど、イグドラシル製のこいつの前じゃあ粘土みたいなもんだぜ?


「ふっ、さすがは駆け出しの吟遊詩人だけはあって口だけは達者だな。それにしてもキサマはあまりにも物を知らないようだな? この私が誰かも知らないのであろう? どれだけ僻地から出てきたのやら。よくそれで吟遊詩人になれたものだな?」


知るわけないじゃん。こいつ名乗ってないんだからさぁ。さっきシュガーバから代官って言われて否定しなかったけどね。


「そいつは言えないな。来ないんならこっちから行くぞ?」


私を田舎者扱いしたいようだが、この服装のオシャレさが分からんかねぇ? 仕立ての見事さだけでもこの街一番だぜ? 素材のランクまで入れたら南の大陸一で間違いないだろ。

しかも私とシュガーバは家出したアレクを追ってきた護衛だって設定情報は把握してないのか? 普通このアレクを見て田舎者だなんて微塵も思わないぞ? 王族ゆかりの姫だって情報も匂わせたんだけどなぁ。


「まあそう慌てるな。慌てる貧乏人は貰いが少ないと言うだろう? キサマは吟遊詩人であるだけでなく、そちらの姫君の護衛でもあるそうだな?」


なんだよ。やっぱ知ってたのか。


「それがどうした?」


「ふっ、偽隊長キャフィティンの腕は見た。次はあっさりと仕留めることになろう。そしてキサマまで死んだら姫君の身を守るはずの護衛はいなくなる。悲しいと思わぬか?」


アレクに興味津々かよ。


「さあな。お前が心配することじゃない。」


そもそもアレクの強さを知らないな? どこかのおばさんに平手打ちした話は知らないのか? アレクがその気なら一瞬でおばさん死んでたけどね。


「強がりはよせ。そのような粗末な武器しか持たぬキサマに勝ち目はない。服装とてそうだ。何が狙いか知らぬが私から見れば紙のようなものだ。わざわざ死ぬことはあるまい?」


だったら私を指名するなよ……


「試してみればいいだろ? お前の剣で切れるかどうかをな。それよりお喋りの時間は終わりだ。やるか逃げるか好きに選べ。」


「ふっ、死に急ぐか。まだ若いだろうに不憫なことよ。だが心配するな。キサマ亡きあと姫君の面倒は私が見てやろう。だから、心置きなく……死ねい!」


『心置きなく』で鞭を振り上げ、『死ねい』で駱駝を叩いた。剣で切れるか試せって言ったのに……結局駱駝から降りてこないでやんの。で、駱駝で轢き殺すつもり? いや、蹴り殺す方か? カムイの動きに慣れてる私に鈍重な駱駝じゃ無理だぞ。スピードに乗れば速いんだろうけどさぁ。瞬発力は皆無じゃない?


「ふっ、上手く逃げたな。だが、逃げてばかりでは……勝てんぞ!」


今度は『逃げてばかりでは』で鞭を振り上げ、『勝てんぞ』で振り下ろした。何なのこいつ。いちいちカッコつけないと死ぬ病気か?


「プキィーーーー!」


避けると同時に不動で前脚を叩いてやった。さっきは様子見で見逃してやっんだけどね。だって駱駝が可哀想だから。でも、そう何度も見逃してはやれんなぁ?


「うわぁっ!?」


当然落馬するわな。ん? 落駱駝らくらくだとでも言うべきか?


「お代官様!」

「お代官様大丈夫ですか!」

「お代官様!」


騎士達が群がっている。やっぱ代官だったか。それより駱駝の心配もしてやれよ。右前脚が折れてんだぞ?


「どけよ。まだ勝負の途中だぜ?」


「おのれ! 駱駝ラクミを狙うとは何と卑怯な!」

「堂々と戦うこともできんのか!」

「これだから吟遊詩人は!」


何それ……それがこいつらの感覚なの? バカだろ。しかも自分だけ騎馬にのってんのに堂々と戦えだと? バカ丸出しじゃん。まともに相手してやろうと思った私が間違っていたようだな。


『麻痺』


代官以外の動きを止めた。さあ代官、続きをやろうか。

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