2530話 後妻打ちと老婦人

結局コーちゃんの希望で酒場に行くことになった。まだ午前なんだが空いてる店は……意外とあった。

さすがに大通りにはなかったが、シュガーバが少し探したらすぐに見つかったんだよね。クタナツだとギルド併設の酒場はいつでも開いてるけど、ここのような一般の酒場で午前中から営業しているとは。いいね!


おや? さすがに客は少ないな。少ないのに何だこの雰囲気は? 静かすぎるだろ。どんだけしんみりと飲んでるんだよ。騒がしすぎる酒場はちょっと嫌だけど静かすぎるよりはマシだよなぁ?


「おう、いい席に案内しろやあ」


「ではこちらにどうぞ」


白髪のばあちゃんが店員やってるのか。大変だねぇ。酒を運ぶのって大変じゃないのか?


へぇ、酒場全体を見渡せるような小高い席。少しだけビップ席って感じ?

ほぉう、椅子もテーブルも石で出来てんのね。座り心地はよくないけど冷んやりしてていいじゃん。


「酒だあ。この店で一番いい酒を十人前持ってこいやあ。つまむモンもなあ」


注文の仕方がチンピラだなぁ。でもシュガーバも分かってきたね。十人前のうちコーちゃんがほとんど飲んでしまうんだよな。




「お待たせしました」


うおっ、マジかこれ! ビールじゃん。しかもジョッキで!? もしかしてこの店って大当たり? ガラスの大ジョッキがあるなんて高級店じゃん。

でもホール係がばあちゃんだけらしく二杯しか運ばれてない。五往復するつもりか……


「シュガーバ、手伝ってやれ。」


「ちっ、仕方ねえなあ。行くぜババア、ついでに料理も運んでやらあ」


「たすかります」


このばあちゃんももう少し喜んでもいいだろうに。


「カース、先に飲んでいいわよ。コーちゃんが待ちきれないって顔してるわよ?」


「あはは、それもそうだね。では遠慮なく。コーちゃん飲もうね。乾杯。」


「ピュイー! ピュンピュイ」


あ、おいしい。ローランドの出来の悪いエールよりよっぽど美味しいじゃん。なんというか、さらっとしててしつこくないって感じ? 雑味がなくてシンプルっていうかさ。


「ピュイピュイ」


合格? コーちゃんは厳しいなぁ。でもジョッキに頭を突っ込んで一気飲みしてるじゃん。もう半分なくなってるよ。


シュガーバが次のジョッキを運んできたのでアレクとも乾杯。シュガーバは一口飲んでから次のジョッキと料理を運びに行った。あのばあちゃんにこの店のホール係は無理だろ……そこそこ広いしジョッキは重いしさぁ。誰か雇えよな。


おっ、料理が来た。ん? なんだかカレーっぽいぞ……あっ美味しい。香辛料やニンニクが効いてるしトマトの風味もある。カレーじゃないけどカレーを思い出すような味だなぁ。ほどよく辛いしビールによく合うじゃん。ガバガバ飲んでしまいそう。


「ガウガウ」


食えないって? そりゃそうだ。ちょっと待ってろよ。ばあちゃんが来たら何か注文してやるからな。

なんでも飲み食いするコーちゃんに比べてカムイは好き嫌いが多いなぁ。辛いのダメだし酒も飲まないし。そんなことじゃあ大きくなれないぞ?


「ガウガウ」


たぶんまた大きくなるって? マジで? お前大人になって小さくなったんじゃなかったのかよ。


「ガウガウ」


分からないって? ただそんな気がするだけ? お前の予感は当たりそうだよなぁ。まあまだまだ先の話だろ? がんばりな。


おお、シュガーバがどんどん料理を運んでくる。偉い偉い。問題は料理名が全然分からないことだけど。まいっか。

うーん美味い。どれも香辛料がよく効いてるね。辛いだけじゃなくて味わい深いとでも言うのかな。ビールが進んでしまうね。


「ねえアンタらさあ。ここのババアとは知り合いなのかい? 助けてやってるみたいだけどさあ?」


いきなり何だ? 女が話しかけてきた。三十代半ばってとこかな。こいつ確か少し離れたところのビップ席で飲んでなかったか?


「いや、初対面だぞ?」


この街にだってさっき着いたばかりなんだからな。


「そうかい。だったら忠告しといてやるよお。ここのババアと仲良くすると大変な目に遭うからねえ。気をつけるんだねえ?」


「理由は? この際だから言っちまえよ。酒場の店員なんかとわざわざ仲良くしようとは思わないが行動を制限されるような真似な愉快じゃないからな。」


酒場の店員なんかってのは言い過ぎだが、言われなくてもあんな無愛想なばあちゃんとわざわざ仲良くする気はないなぁ。いくら私が年寄りに弱いからってさ。


「なあに簡単なことさあ。そっちの女、その丈の服着てるってことは知ってるんだろう? ファンヤーサ様の話をさあ?」


そっちの女だと? アレクに向かって言ってくれるじゃないかおばさんよぉ……


「知らないわよ。誰よ?」


「はあぁ? あんたそんな服着て知らないって何言ってるのよお? 本気で言ってんの? この街でファンヤーサ様を知らないってモグリにも程があるわよお?」


だから誰なんだよ。何となく分かったけどさ。


「今日来たばかりで知るわけないわ。でも話からすると後妻打うわなりうちの件と見えるわね。夫と踊り子、二人の首を挙げた女がファンヤーサとやらってことね?」


うわなりうち……ちらっと聞いたことがある。元妻が元夫や後妻を襲う風習だっけ? 何かルールとかあった気もするがそこまでは知らないなぁ。


「ふぅん、あんたそこまで分かっててファンヤーサ様の名を呼び捨てにするとはねえ? さぞかしいい所の出なんだろうねえ?」


「さあ? 私はただの家出娘でしかないわ。格式ばかりにこだわって何かと息苦しい家が嫌になっただけよ。ファンヤーサとやらにも関わる気はないからあなたも気にしないことね?」


ふふっ、アレクったら名演技だなぁ。まあほぼ素なんだけどさ。演技で高貴なオーラは出ないもんね。さあどうするおばさん? アレクはあからさまに身分の高さを仄めかしてるぜ?


で、その女とここのばあちゃんがどう関係するんだ? だいたい読めたけど。

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