2285話 宮廷魔導士リキーム
宮廷魔導士と港湾荷役、言葉にしてみればえらく似合わない組み合わせだな。もっとも汗水たらして重い荷物を運び込んでるわけじゃないみたいだけどさ。
ゆっくりとボードを降ろす。
「こんにちは。お仕事ご苦労様です。何を積み込んでるんですか?」
「おお、やはり魔王殿だったか。バルバロッサへ送る荷物さ。食糧やポーション類、木材に衣類なんかもある。貴重なものは我らの魔力庫に入れるがな」
あら、この人も行くのかな?
「もしかして今回行くんですか?」
「ああ、宮廷魔導士は数ヶ月単位でバルバロッサ勤務があるものでな。そういえば今回は魔王殿の従兄弟殿も同行することになっておるぞ?」
王都で私の従兄弟と言えば……
「ゼマティス家のガスパールさんですか?」
そういえばガスパール兄さんは宮廷魔導士だもんな。
「そうそう。あの者もゼマティス家だけあってかなり優秀だからな。我らとしてはとても助かるな」
「へー、やっぱそうなんですね。じゃあお邪魔しました。当日はよろしくお願いします。」
「うむ。申し遅れたが私はリキーム・ド・マナドーラと申す。宮廷魔導士隊第三班班長をやっておる。今回はよろしく頼む。魔王殿がいてくれるとは心強い」
マナドーラってどこかで聞いた家名だな。
「カース・マーティンです。改めてよろしくお願いします。こちらは……」
「アレクサンドリーネ・ド・アレクサンドルですわ。宮廷魔導士長マナドーラ様のご勇名はかねがね。」
「ピュイピュイ」
「ガウガウ」
言わずとも挨拶をするコーちゃんとカムイ偉い。で、思い出したぞ。宮廷魔導士長の息子ってわけか。別に七光とは思わんけどね。
「未だに引退間近の父親にも及ばないがな。だが南の大陸は鍛えるには丁度よいこともある。私もそろそろ一皮剥けたいものよ」
見た感じだと三十代後半ぐらいか。向上心があるのはいいことだね。
「頑張ってくださいね。じゃあまた出発の日にお会いしましょう。」
「うむ。危険な航路だが魔王殿が一緒なら心強いことこの上ない。このような時は大船に乗った心持ちと言う地方もあるそうだな。まさにその通りではないか。楽しみにしている」
普通は大砦に籠ったようって言うもんな。
「転覆しないよう力を尽くします。ではまた。」
『浮身』
『風操』
ここからだといつもの東じゃなくて南の城門が近そうだな。どこかで昼飯でも食べて、それからゼマティス家に戻るとしようか。
「リキームさん、今のって……」
「ああ、本物の魔王だ。王国一の魔法使いであろうに礼を尽くして挨拶に来てくれたようだ」
「それにしちゃあ魔力ほとんど感じませんでしたよね? そこが恐ろしくもあるんですけど……」
「うむ。ガスパールの話によるとポーションを百本飲んでまで姉を救おうとしたことの後遺症らしい。正確には魔法が使えない状態から回復したら、そうなっていたらしい」
「うへぇ、百本って……正気じゃないですね。よく生きてましたね。おおこわ」
「バルバロッサでは我らもそのようなことをせねばならんかも知れんぞ? 私はあっちでも一日に七、八分は回復するがお前は初めてだろう? 魔力が全く回復せんのはかなり心細いからな」
「そうですよねぇ。嫌な大陸ですわ。蛮族なんかも襲ってくるんでしょ? いっそ魔物ならあっさり全滅させてやるんですけどねぇ……」
「それができれば苦労せんと言うやつだ。さて、もう少しで今日の積み込みも終わりだ。どうだ? 昼からワインと洒落込もうではないか」
「いいですねぇ! 俺行きたい店があったんですよ。ごちになります」
「ならば残りはお前一人でやってみろ。三トン木箱がたったの十五だ。昼までに終わらなければワインはなしだ」
「ええーー! リキームさんそりゃないですよぉー!」
「もちろん傷付けたりしてもなしだぞ。さあやれ」
「んもー……やればいいんでしょ、やれば……」
『浮身』
若き宮廷魔導士は大きな木箱を浮かせた後は何も魔法を使わず、手で押して積み込みを始めた。カースならば『風操』や『金操』で済ませたことだろう。だが魔力対効果を考えた場合、宮廷魔導士のやり方が勝るのだろう。逆に魔力を気にせず時間対効果で見た場合はカースに軍配が上がる。
その結果、若き宮廷魔導士はどうにか昼からワインを奢ってもらうことに成功した。魔力に余裕はあるものの息は絶え絶えのようだが……
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