1973話 コルセットアレクサンドリーネ

村長の姿が見えない。またどこかに籠ったのか? 昼飯はどこで食べようか……こんな状態のアレクに料理なんてさせられないし。


『魔力探査』


一番大きな反応は……東か。村の外だな。行ってみよう。




おお、畑じゃん。そりゃ畑ぐらいあるか。


「やあ。これって何か生るの?」


普通の樹木にしか見えないけど。


「おおカース殿か。これは苦蓬樹ニガヨモギと言ってな。葉がマイティベイジの原料の一つでな」


あー、あの発酵調味料のね。


「へー、そうなんだ。ところでそろそろ昼じゃない? ご相伴にあずかりたいと思って来たんだよね。」


「ははは、それはいい時に来たな。ん? そちらの女子おなごは首をどうかしたのか?」

「外傷はなさそうだぞ?」

「どれ、診てやろうか」


おお、さすがエルフ。頼むまでもなくやってくれるとは。


一人がアレクの額に手を当てている。


「はっはーん。さては気を抜いてる時に魔物がぶつかってきたな? 両肩も少しばかり痛めたようだがやっぱ首だな」


「その通り。治せる?」


厳密には違うけど、まあ似たようなもんだろう。炎神輝王鳥ガルーダ・ガルトマーンの鋭い爪で鷲掴みにされても外傷がないのはドラゴン革のウエストコートのおかげだな。


「いや、やめた方がいいな。神経が傷ついてるからな。長老衆か村長に頼んだ方が無難だろう。もしくはダークエルフの奴らがいたらよかったんだがな」


「なるほど。そんなもんなんだね。診てくれてありがとね。」




この後お昼をご馳走になった。ピザを半分に折って食べやすくした具だくさんのパンって感じだった。アレクの分は私が小さく切ってから食べさせた。懸命に小刻みに咀嚼するアレク……最高にかわいいぜ。


それから、村の北側でアーさんを見つけてアレクの首を治してもらった。やっぱ若くても長老衆は違うね。ムチウチがあっさり治るなんてさ。コルセットアレクともお別れか……これはこれでかわいかったんだけどなぁ。


「ありがとねアーさん。助かったよ。」

「ありがとうございました。もう痛くないです。」


「大したことではない。それから赤雷猪ルアジュレーキボアを出せ。ブラシを作るのだろう?」


「おっ、アーさんが作ってくれるの? はいこれ。」


話が早くて助かるなぁ。村長が伝えててくれたんだね。


「肉と皮はこちらで貰う。いいな?」


「もちろん。カムイは好みがうるさいけど、よろしく頼むね。」


「任せておけ。きっと狼殿に満足してもらえるものを作ってみせる。」


「ガウガウ」


「カムイも期待してるって。ありがとね。」


ちなみにアーさんは牛っぽい魔物から乳を搾ってる最中だったんだよな。色々と忙しいね。はぐれエルフの件はどうなったんだろうね?




そして夕方。


「お邪魔しまーす。」

「失礼します。」

「ピュイピュイ」

「ガウガウ」


約束通りマリーの実家へとやってきた。


「いらっしゃい。待ってたわ。」

「よく来てくれた。待っていたよ。」


マリーママことマルレッティーナベルタさんと、マリーパパことゾルゲンツァファリーアスさんだ。この二人の名前はしっかり覚えたとも。


「これ、お土産です。」


魔物とキノコ。たくさんあるからね。


「いやねぇ。昨日もくれたじゃない。そんなに食べられないわよ。でもせっかくだからいただくわね。」


そう言ってマリーママは魔力庫へ収納した。エルフなんだから魔力庫の容量も性能もかなりのものだろうね。


「さあ、まずは飲もう。こっちはカース殿と精霊様。それからお嬢さんと狼殿にはこれなんかどうかな?」


私とコーちゃんに出されたのは琥珀色の酒。アレクとカムイに出されたのは白い液体だった。何だろ?


「いただきますね。ではお二人とイグドラシルに登っているマリーに、乾杯。」

「乾杯。」

「ピュンピュイ」

「ガウガウ」


「あなたのお兄さんにも乾杯。」

「乾杯だ。」


あ、美味しい。でもいきなり一杯目からウイスキー系の強い酒をストレートって。エルフって無茶するなぁ。


「ピュイピュイ」


え? この前の草の風味がする? あー宴会の時の?


「この前の草が入ってるんですか?」


「おっ、分かるかい。そうなんだよ。この酒は醸造にカンナビ草も使っているからね。魔力の低い者が飲んでしまうと癖になって死ぬまで求め続けるって聞いたこともあるよ。」


だめじゃん……私やコーちゃんなら平気だろうけどさ。アレクも大丈夫とは思うけど。違う酒を出したのはそういう理由なのね。

しかも聞いたことがあるだけかよ。そりゃあ目の当たりにしたことなんかないんだろうなぁ……


「あ、これ美味しい……」

「ガウガウ」


「よかったわ。アーダルプレヒトに分けてもらった鬼裂水牛コルヌブファーラの乳よ。それに少しだけ蓮華蜜を混ぜたもので、私も好きなの。」


つまり甘い牛乳ってとこか。酒じゃなかったのね。カムイも喜んでるし。


「さあ、料理もできてるわよ。たくさん食べてね。」


「ええ、いただきます。」

「いただきます。」

「ピュイピュイ」

「ガウガウ」




「それでな、マリーはな、小さい頃はな、そりゃあもう、かわいかったんだ。魔力だって魔法の腕だって、これなら将来は長老衆になれるって言われるほどな、達者だったんだ。それなのにな、ある日突然な、置き手紙だけ残してな、いなくなったんだ……」


楽しい食事が終わり、ティータイムが始まったと思ったら……マリーパパはすっかり酔いが回っていたらしい。宴会の時はかなり飲んでも普通っぽかったのに。

あ、カンナビ草入りの酒だからか? それをパパったら楽しそうにガバガバ飲んだもんだから。私達相手だとマリーの話がたくさんできるもんな。おかげでマリーの幼少期の話が聞けたよ。マリーって小さい頃からあんな感じだったんだなぁ。冷静って言うか沈着って言うかさ。それでもパパからすると可愛くて仕方なかったんだろうなぁ。エルフの村ってどこも子供が少ないし。


それにしても、ああ楽しいなぁ。

酒は旨いし隣にはアレクがいるし。マリーパパの喋りも面白いし。ママはタイミングよく魔力庫から酒やツマミを出してくれるし。フェアウェル村は最高だね。

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