1908話 テンモカにて
ヤチロで三日過ごしたうち、二日ほどは大宴会となった。いくら楽しくても連日宴会では酒や料理にも飽きがくるというもの。時期的にはもうすぐ春が来るはずなのに。ぷぷ、私は何を考えてるんだ?
本日は昼からテンモカに来ている。お目当ては以前注文した浴衣を受け取りに。仕立て屋ブルタへと。注文した時は晩秋だったのになぁ。
「らっしゃーい。んん? おぉや魔王様。またまぁーたずいぶんとお見限りだったねー?」
「悪かったよ。色々あったもんでな。できてる?」
「もちろぉーん。さっそく着てみてねー。」
私のは黒一色に帯だけ濃い紺色。やっぱシンプルでおしゃれだわー。いいなこれ。
アレクのはどうかな?
おっ、試着室から出てきた。試着室と言っても四畳半ぐらいあるんだよな。
「カース……ど、どう?」
「……っお……おぉ……お……」
絶句……
きれいすぎる……
正面からのぱっと見は白一色。だがよく見れば刺繍が入ってる。よく見ないと分からない白い花がいくつか。おお……帯は同じ白なのに布が違う。浴衣はやや重厚感のある
そして何より後ろ姿が……これまたすごい。
背中に赤い小さな一輪の花。白い花と同じ花のようだ。牡丹かな? アレクの心臓の位置だろうか……そこを守るかのように鮮烈に咲いているではないか。そしてその緑の茎は腰の下まで伸びてアレクの魅力的なお尻にさらなら立体感を与えている。
めちゃくちゃいい仕事してるじゃないか……
「カース? に、似合わない……?」
「はっ……! いやいやいや! 違うんだよ! ごめんごめん! 似合いすぎててもうわけ分からなくなってたんだよ! すごく素敵だよ!」
「うふっ、ありがとう。カースだってすごく凛々しいわよ。普段より少しだけ歳上に見えるわ。」
「えへへ、そう? 嬉しいな。」
アレクがこう言うのなら間違いないな。
「よーし。とくにおかしな所もないなー。そんじゃこれで納品終わりなー。で、履き物どーする? 一応用意するだけしておいたよー?」
「助かる。見せてくれる?」
なんせ私は裸足だからね。ずっと足裏に浮身を使ってるんだよな。靴下なしで普通の靴を履くのって嫌だし。ドラゴンブーツを失くしたのは痛いよなぁ。ドラゴンゾンビの牙なんて二度と手に入らないだろうしなぁ。
「こいつなんか似合うと思うよー?」
おっ、雪駄じゃん。これいいなぁ。迷宮に行く時なんかには絶対使えそうにないけど。へぇ、畳表を使ってるんだ。ヤチロの隣だからか? いや、よく見るとイグサじゃないのな。
おお、履き心地いいじゃん。裏地もしっかりしてて全然滑らない。何かの革かな?
私に合わせるかのようにアレクは草履か。こんなのローランド王国ではまず見ないよな。そうなると合わせる足袋が欲しくなるな。アレクが普段使ってる靴下やストッキングだと履きにくいもんな。
「不思議ね。歩きにくそうかと思えば、全然そんなことないのね。踵が少し出ているのが秘密なのかしら?」
あ、ほんとだ。サイズぴったりじゃなくてアレクの足より小さいため踵が数センチほど出てるじゃないか。私のはサイズぴったりだ。
「それが女のおしゃれってもんさー。どうだい、気に入ったかーい?」
「ええ、気に入ったわ。いくらかしら?」
「魔王様からいただいてるよー。また来てねー。」
あれ? そうだっけ? まあそれならそれでいいや。
「気に入ったよ。またいつかテンモカに来ることがあれば寄らせてもらう。ありがとね。」
「いい仕事してるわね。気に入ったわよ。」
「毎度どーも。また来てねー。」
よし。これでもうテンモカに用はないぞ。でも早々とヤチロに帰るのもなぁ。
よし、とりあえずテンモカの街を散策しようかな。アレクと腕を組んでまったりデートだ。今日はコーちゃんもカムイもいないしね。
「カース、いつもありがとう。私すごく幸せよ。カースは私に色んな幸せをくれるのね。」
「アレクのきれいなところを見ると僕も幸せだからね。最高に似合ってるよ。」
「うん。ありがとう……//」
ふふふ、今日はいい日だ。さあて散歩散歩。腕を組んでるんるんと歩こう。
はぁ、いい天気だなぁ。もうすぐ冬も終わりだねぇ。そんな時期に浴衣で散歩。現代日本だと頭がおかしいと思われるね。ここでは……知ったことじゃないね。アレクのこの美しさたるや。まさに大輪の花が咲いたかのようだぞ。髪の毛を敢えて乱雑にアップしてさ。色気むんむんだよ。たまんないね。
むっ、前から粗暴そうな若者三人組が歩いてくる……まさかこの流れは……
「げひゃひゃひゃあ! だから俺ぁ言ってやったんだべぇ? てめぇのヘソ噛んで死ねってよ!」
「いひひひひ! おめーセンスあんぜ! あんな奴ぁそのままボコってやりゃあえかったんだぁ!」
「ひゃーっひゃっひゃっひゃっ! お前らひでーべ! よえー奴にはやさしくしてやれよなー! ひひひ!」
すご……めちゃくちゃ頭の悪そうな話をめっちゃ大声でしてる。うわぁ、顔も見るからに頭が悪そうだ。
「なんだぁガキぃ! なぁに見てやがんだぁおおコラおお? あぁん?」
「うっひょおおおお! 見ろよあの女ぁ! 信じらんねぇぐれーきれーな顔してんぞ!」
「ひゃーひゃひゃひゃ! こいつぁいいや! こりゃ妖禁楼なんか行ってん場合じゃねー!」
例によって絡まれた。この場合こいつらはヒイズル人で私達はローランド人。つまり宗主国側だ。いいのかねぇ? 治外法権的な取り決めはまだ未定だろうけどさ。結局は国力が強い方の意見が通るだけだもんな。
さて、どうしてやろうかな。気分的には喪中だし大目に見てやりたい気はある。おまけに今日はご機嫌だしね。しかし、逆に容赦なく暴れてしまいたい気持ちだってあるんだよな。
「おーらぁ! 黙ってねぇで何とか言ってみろやおおコラおお!?」
「ぎゃはははぁ! おれにぁ分かるぜ! ビビこきまくってんだぁよ! ほぁらガキぃ! 逃げていいぞぉ? 女ぁ置いてなぁ!」
「ひゃひゃひゃひゃ! それがえーそれがえー! よかったねぇー! 無事だぜ無事ぃ!」
「おう、お前ら何やってんだぁ?」
あ、ゴッゾだ。こんな表通りで何やってんだよ。
「ゴッゾさんちーっす!」
「ちゃす! 今日もイカチーっすね!」
「いやー見たことねーえー女がおったもんすから! あ、よかったらゴッゾさんもどっすか?」
「このボケがぁ!」
あ、三人目がぶん殴られた。うわー飛んでいっちゃったよ。痛そうだ。
「ようゴッゾ。元気そうじゃないか。ヨーコちゃんも元気にしてるか?」
「はっ!? えっ、な、何こいつ!?」
「ちょ、バカおめぇ! ゴッゾさんに何て口ぃ!」
「お前ら邪魔だぁ! さっさと消えねぇとぶち殺すぜぇ?」
「え、は、ゴッゾさん?」
「お、俺はぁ別にゴッゾさんに……なぁ?」
あ、二人ともぶっ飛んだ。気が短い奴だなぁ。もう少しぐらい待ってやれよ。
「よお魔王ぉ。よく来たなぁ。そんじゃあ飲むぜぇ! 来いや!」
勝手に決めるんじゃねーよ。これからまったりデートをするところだってのに。
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