1907話 ヤチロの夜

宿に着くと、ヒチベの奴はすでに待ち構えていた。早すぎない?

しかもアカダと二人だけか。領主のくせに身軽な奴め。


「魔王様、ようこそヤチロへ。えらく早い気もするが、再びの来訪嬉しく思う。」


「本当はもっとのんびり歩くつもりだったんだけど気が変わってな。畳はどのぐらいできてる?」


「八割といったところだ。もし魔王様の予定が変わったとしても余裕を持って仕上げるつもりだったのだがな。残りは今から急いでも十日はかかると思うが。」


一年で用意してもらうつもりだったもんなぁ。あれから三ヶ月ぐらいしか経ってないから、そりゃあ無茶だよな。むしろよく八割もできてるな。


「じゃあそれでいい。別に慌てて十日で用意してくれなくてもな。品質を優先で頼むぞ?」


十日やそこらぐらいヤチロで遊んでればすぐだもんな。テンモカにも用が残ってることを思い出したし。


「分かった。待たせて申し訳ないが、でき次第こちらに運んでこよう。」


「それでいい。くれぐれも焦ったり職人を徹夜で働かせたりするなよ?」


「当然だ。そんな状態でいい仕事などできるものではないからな。」


「それならいい。じゃあ頼んだぜ?」


「ああ。魔王様もゆるりと過ごして欲しい。もうジュダがここを攻めてくることもないのだからな。」


おっ。やっぱ知ってたか。よかったね。遅くとも半年でジュダが攻めてくるとか言ってたもんな。攻めてこられたら勝ち目がないとも。ツイてるよなぁ。


「ちなみにその情報はどこで知った?」


「ローランドの宮廷魔導士殿が国王陛下の親書を届けてくれたのだ。まさかヒイズルがローランドの属国になるとはな。我々にとっては幸運以外の何ものでもないがな。」


やっぱうちの国王はきっちりしてるな。ヒチベの反応を見るに増税とか無茶なことも言ってないようだし。めちゃくちゃ良心的だよな。まあ、今後どうなるかは分からないし私が気にすることでもないけどさ。


「良かったな。たぶん畳はローランドでも人気が出る気がするし、がんばれよ。」


「ああ。魔王様からも広めてくれると助かる。」


「少しだけな。じゃ、またな。」


「どうぞごゆるりと。ではまた。」


アカダの奴は最後まで口を開かなかったな。殺し屋から番頭になっただけでも驚きなのに、まさか領主の側近になるとは考えてもみなかっただろうな。




ヒチベが帰ると宿の一番いい部屋、翡翠の間に案内された。客室係は前回の奴だ。名前は忘れたが、畳職人フォルノの弟なんだよな。


「お久しぶりでございます。翡翠の間を担当いたしますチラノ・モヤイズでございます。魔王様が再びヤチロにお越しくださり嬉しく思います。」


おお、そうだ。チラノだったか。


「兄貴は元気か?」


「はい! おかげ様で畳職人として精力的に働いております! 特に魔王様に献上する畳には、それはもう精魂込めて取り組んでいるようです!」


嬉しいことを聞いちゃったよ。フォルノはいい奴だね。


「受け取る日を楽しみにしてるよ。ああ、夕食は日没後でいい。メニューはお任せで。酒だけ多めで頼む。」


「かしこまりました。ごゆっくりお過ごしくださいませ。」




そうかと思えば、次から次に来客がやって来た。一組目の時につい通していいって言っちゃったものだから他の客も全員通してしまった。


イグサ作りで役に立った飯屋の看板娘イロハとその妹。

一緒に浜鍋を楽しんだガイ入江の漁師グンチク達。

ヒチベの息子オリベとその妻ヤヨイ。

ギルドのおばさん会長フカミ・マチハギ。

元お目付役宅の料理人フライタ・ホテム。

最後にヤチロ蔓喰のボス、ケンダル・シキガワまで。カドーデラがまだ帰ってこないって愚痴を言われたが、私が知るわけないだろ。あいつまだアラキ島にいるんだろうか?


結局誰一人帰らないものだから、仕方なく部屋で宴会を始めることにした。どうせ支払いはヒチベに回すし。風呂に入ってからのんびりするはずだったんだけどなぁ……




あれ? 人数が増えてないか?

こいつらどこから来やがった……?


「ピュイピュイ」


はは、そう? コーちゃんがご機嫌ならそれでいいんだよ。


「ガウガウ」


カムイはイロハの妹にブラッシングをさせてご満悦のようだ。よくこの子ブラシを持ってたな。




「よお魔王ー! また浜鍋しようぜー!」


漁師グンチクにはカードゲームでイカサマされたよなぁ。


「魔王! 飲め!」


ヤヨイか。私よりも旦那に酌をしてやれよな。蹴り技が少しだけ厄介な女だったか。


「迷宮踏破したんだろぉ? ちょっと話ぃ聞かせておくれでないかぁい?」


おばさん会長。聞きたいのは迷宮の素材だろ?


「魔王さんのおかげで領主邸で働いてるで。その節はありがとなぁ。」


料理人フライタ・ホテム。別に私は口利きなんかしちゃあいないぞ。たまたまだろ。


「カドーデラの野郎ぁなぁにやってやがんだよぉ〜! 金だけぁきっちり送ってきやがんのによぉ〜!」


蔓喰のボスがますます酔ってる。この部屋には色んなタイプの人間が揃ってるなぁ。


「魔王様、お注ぎします!」


「おう。お前も飲んでるか?」


イロハだ。確かこいつは客室係といい仲なんだったか。ヤチロが平和になったことだしそろそろ結婚か?


「はい。いただいております。あの、魔王様とお嬢様には本当にお世話になりました。あれから父も心を入れ替えて真っ当に働いております。本当にありがとうございました!」


「そうか。よかったな。これから畳はもっと売れるだろうし、しっかりイグサを育ててくれよ?」


「はい! 頑張ります! ありがとうございます!」


この夜、結局人数は増え続け、吟遊詩人だけでなく手妻師などの芸人まで現れた。私はおひねりを出せないが、アレクや他の客は気前よく渡していたようだ。


楽しい夜だなぁ。ここまで歓迎されるとは。

嬉しいのは嬉しいが、まさか滞在する間中ずっとこうじゃないよな? 十日ぐらい滞在するんだけどなぁ……

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