1863話 クロノミーネの怒り
クロノミーネは泉を覗き込んだ。濁りなき水面に自らの顔がうっすらと映る。
その顔は普段カース達には見せない、どこか悲しそうな表情だった。
そんなクロノミーネの顔が、突如にやりと歪んだ。水面に映った顔だけが。
「ちっ!」
「ぎゃっはぁ! 遅ぇんだよ!」
とっさに身を引いたクロノミーネだったが、泉から突如現れた手に手首を掴まれた。
『風円刃』
風の刃がクロノミーネの周囲を飛びまわり、掴まれた手を切断した。
「ほぉん? 人の心ん中なのによぉ? そんだけも魔法が使えんのかよぉ? だがいいんかぁ? あんまりでけぇ魔法使っちまうと、こいつの心がどんどん壊れちまうぜぇ?」
泉から現れた男は顔がなかった。いや、まるで顔面に暗幕でも張り付いているかのように闇しか見えなかった。
「あんた誰ぇ? その声は偽勇者なんじゃーん?」
「いーや勇者ムラサキだ。俺ぁ勇者だからなぁ。永遠に不滅なのさぁ! さっきの奴もこいつも弱っちい野郎だけどよぉ? 背に腹はかえられぬってやつかぁ? 仕方なく体ぁ貰ってやってんだ。この勇者ムラサキがだぜぇ? 光栄に思えってなもんだぜなぁ!」
「ふーん。ウチの知ってる勇者ムラサキは細かいことは気にしない豪快な男だって話だけどねー? ベヒーモスでも一撃で叩き斬るほどの強さを誇るってさー。あんたじゃ無理じゃん。せいぜい斬れてもオークぐらいじゃん?」
「うるせぇんだよ! オークだろぉがベヒーモスだろぉが! 俺の敵じゃねんだよ! のこのここんな所まで来やがって! てめぇもぶち殺してやんぞぁ!」
「やってみろ! いいかげん往生させてやるし! この偽勇者がぁ!」
猛然と襲いかかる偽勇者に対して一歩も退かないクロノミーネ。
『烈風斬』
あっさりと身体を斬り刻まれた偽勇者。血が流れることもなく霧散していった。
「よっわ。ニンちゃんに身動きとれなくされてるくせにさー、無理すんなし。」
そしてクロノミーネは周囲の探索を再開した。と言っても探索が必要なほど広い場所ではない。ただ、クロノミーネは泉を偽勇者のテリトリーと見定めたらしく、泉からは距離を置きつつ扉を一つ一つ注視している。
「はぁ……これもう開けるっかないしー。」
クロノミーネは嫌そうにドアノブのない扉の前に立った。
扉に手を当てて何やら魔力を込めるクロノミーネ。数秒後、外に向かって開く扉。慎重に内部へと足を進めるも……「ぐっ……」弾き飛ばされた。
「よし。ここは大丈夫だし……」
弾き飛ばされたのに大丈夫とは……?
クロノミーネは何事もなかったかのように立ち上がり次の扉を開けた。
そして同じように弾き飛ばされるクロノミーネ。何が起こっているのだろうか……
「はぁ……きっつ……」
クロノミーネが開けた扉はすでに八つ。残る扉は四つ。
「だっるぅ……もードロガのバカ……さっさと姿を見せろし……あ?」
「殺すぜてめぇ……」
再び、偽勇者が泉から這い上がってきた。やはり顔は見えない。
「またぁ? 弱った偽者なんて相手んなんないんだけどー?」
「そんならやってみろやぁ!」
『烈風斬』
「へっ、どうしたオラぁ? さっきは効いたけどなぁ!」
「あんた……吸ったね? ドロガの『
「はっ、知ったこっちゃねぇんだよ! このザコの体が使えなくなったら次ぃ行きゃいんだからよ!」
魂源を吸う……とは?
「ふーん……じゃあもう手加減しても意味ないねー……どうせドロガが死ぬなら……」
「あんだぁ? どうせてめぇはこいつん心の中に来た時点で無防備なんだよぉ!ついでに吸ってやんからよぉ!」
偽勇者の腕が巨大化し、クロノミーネを鷲掴みにする。
しかし、クロノミーネは慌てることなく魔法を唱えた。
『
「がはっ……ばっ、ばかな……」
「バカはあんただし。弱っちい人間の分際でウチらダークエルフに魔力の扱いで勝てるとでも思ってんの? だからあんたは偽者なんだよ! 偽者は偽者らしくこの世の片隅でこそこそ生きてればいいのにさ! 勇者だなんて何夢見ちゃってんの!? バカ丸出し! 死ね! さっさと死ねぇ!」
『
「やめ、やめぇ、ええ、ろろ……おれっの、いのっ、ち……が……」
「ここで無防備なのはウチだけじゃないし! あんたも! ドロガも! みんな無防備なんだよぉ! 心の奥底、この場所においては誰でも無防備……ドロガの魂源を吸って少しは強くなったつもりみたいだけど……」
「あがっ、ががっか……ばばば……」
「死ね! 魂源も何も残さず! 消えてしまえ!」
『
「やめ、そんな、こいつにも、きず、いでぇあ……」
「あはぁ! 痛いの? へへへぇ! そんな体もないヘタレ状態のくせに痛いの!? 生意気だしい! いい!? あんたはねぇ! 顔も名前も! 根性も本性も! 何も持たないただの弱っちい偽者ヘタレ野郎なんだよぉ! 自分を勇者と思い込んで! 自分が強いと勘違いして! クソみたいな魔法で強い奴の身体を奪ってばかりで! そこらのゴミ虫以下の生き方しかできないクズカス野郎なんだよぉ!」
「ち、ちが、お、おれは、さいきょう、むてき、の、ゆうしゃ……むらさき……」
「そんなクソ野郎のせいで……ウチは……ドロガを失うかも知んないんだよぉ! 死ね! さっさと死ねや殺すぞクソザコ人間がぁ! しょぼい魔力しかないゴミクズ人間のくせにどんだけ調子ん乗ってんだぁボケがぁ! 見てみろこれ! ウチが魔法使うたびに! どんだけドロガの中が傷だらけに……死ね! 早く死ね! 消え失せろって言ってんだよぉクソがぁ!」
「おぎゃっぽ……だごぁ……おれ……は、むて、きさいきょ……ゆうっしゃ……」
「うるせぇんだよ! 腐れカス人間のくせに! 何が勇者だぁ! 何が最強だぁ! さっさと……さっさとドロガ……ドロガーの体から……消えろぉぉぉぉぉーーーー!」
『
クロノミーネの魔法が偽勇者に当たるたびに、その周囲までもが一緒に削れていく。頑丈そうに見えた扉も。深く澄んでいたはずの泉も。
貪欲な虫が食うように不自然に削れていった……
「い……いや、だ……おれ、ゆう、むて、さいきょ、ゆう、しゃ、むら、さ……」
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