1851話 獄寒洞の神タイショー

ジュダがどんな方法でこの神を従えていたかなんて分からないが、このチャンスはまたとない。兄上を治してもらうんだ!


さあ連れてきたぞ!


「この者の腕を元通りにしてください!」


「そなたの願いはすでに叶えた」


おっとそうだった。


「兄上! お願いして!」


「まさか……こんなことが……」


「兄上!」


「お、そ、そうだな……」


あ、兄上そんな……無理して跪かなくたって……


「お目にかかれて恐悦至極に存じます。私の名はウリエン・ド・マーティンと申します。誠に手前勝手な願いではございますが、私の右腕を元通りにしていただきたく存じます。」


「容易いことだ」


おっ! おおっ!

やった! 本当に元通りになってる! しかも黒い鎧ごと! こいつマジで神だ! すげぇ! 尊敬する! 正真正銘神様だ!


「兄上! やったね! よかった! 本当によかったよぉ!」


「あ、ああ……カースにも心配かけたな……すごいな……これが神の祝福なんだな……恐れ入ったよ……」


「満足したなら下がってよいぞ」


「か、感謝の言葉もございません。本当にありがとうございます。こちらはほんの気持ちでございます。お納めいただければ幸いです。」


おっ、酒かな?


「そこに置いては取れぬ。こちらまで持ってこい」


ん? 取れない?


「兄上、ちょっと待って。気になることができた。」


「あ、ああ。」


「神様、そこから出てはこれないのですか?」


「神たる我が出られぬことなど、ない、ない、ない、のだ、ぬ、出られ、ない、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ない、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、出ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ない、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ない、ぬ、ぬぬ、ぬぬぬ、ぬ……………………………………」


ど、どうなってんだこれ……

まるで壊れたレコードのように……ぬ、しか言ってない……

私は何か禁句でも言ってしまったのか?

どうしよう? 座敷牢から出すべきなのか? 見た感じムラサキメタリック製だが、今の私なら壊せる。


「ねえカース……ふと思ったんだけど……」


「ん? 何かな?」


アレクの気付きは私より鋭いからな。


「この神って閉じ込められたんじゃないかしら? ジュダに……」


「確かに状況だけ見るとそうだけど……」


ジュダと言えば洗脳魔法、または改変魔法。そんなもん神に効くかぁ? いや、でも実際効いてるっぽいしなぁ……

だいたい迷宮の産物であるムラサキメタリックで迷宮の神を監禁なんてできるかぁ? 絶対無理だろ?


「出してあげたら?」


「それもそうだね。出して文句を言われることもないだろうし。」


だよな? どうも私は神に愚か者って言われがちだからな。


『金操』


あ、この座敷牢のムラサキメタリックって普通のやつだ。赤兜の鎧に使われてるタイプの。

どうだ。これで通れるだろ。


「ピュイッピ」


おおっ? コーちゃんが神の首に噛み付いたぞ?


「む? そなたら、まだいたのか」


「神様、こちらほんの気持ちです。お納めください。」


兄上が出した酒を牢からさらに離して置いてみた。


「ほう。酒か。むっ、それはパッカートル様の祝福か。気が利くではないか。褒めてやろう」


酒と踊りの神パッカートルの祝福? そんなもんを持ってる人間ってセンクウ親方ぐらいじゃん? てことはこの酒はセンクウ親方の? 兄上もなかなかいい酒持ってんだね。

あ、出てきた。


「う……こ、これは……」


おっ、どうしたどうした? 何やら動揺してるみたいだぞ?


「くっ……」


ふらふらと外へ出ていった。神も歩くんだな……


「カース、私達も出るわよ!」


「そ、そうだね!」


おおっ!?

神が……立ってる。迷宮の天井を仰ぎ見るように。両手を広げて。


「お前たち。礼を言うぞ。よく我を解き放ってくれた。助かったぞ」


ぬおっ? 今度はこっちを振り向いた。

おお!? 顔が! 無気力モラトリアムから入学したての無敵モード大学生になってる!? これはリア充ウェーイ顔か!


「えーっと、何があったんですか?」


そもそも何がどうなってるのかさっぱり分からん。だから素直に聞くしかない。


「ジュダめにしてやられてな。あの中を我が居室だと思い込まされておったらしい。何やら面妖な魔法を使われたようでな」


「えっと……ジュダに? 改変魔法くらったんですか? 神なのに?」


「そうだ。まんまとしてやられた。まさか我が人間ごときにな」


「もう少し詳しく聞いてもいいですか?」


「よかろう」




えーっと……

この部屋にごてごてと物が増えていったため注意をしたところ、やりとりが要領を得なかったためうつし身を介して姿を現した。

すると、気付けばあの中にいた。

今思えば、神たる身に洗脳魔法が効くはずもないが、あの建物と改変魔法が揃うことで辛うじて拘束を可能としたらしい。あの空間を自室と誤認させられたと。

だからあの中に入っただけで願いを叶えてくれたのか? 迷宮を踏破した扱いで?


「そもそも迷宮に物を置いたら二十四時間ぐらいで吸収されるんじゃないんですか? なぜわざわざ注意なんか?」


「ここには宝箱があろう。そのような場所では宝箱を開けない限り物体はそのまま残る。さもなければ宝箱すらも吸収してしまうであろう」


なんと……そんなことが。ジュダの野郎よく気付いたな。

それならそれで問答無用でぶち壊せばいいものを、わざわざ注意してやるなんて……この神はお人好し、いやお神好しか?


だがこれはチャンスだ。とことん質問してくれよう。今のこいつは私達に頭が上がらないだろうからな。

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