1706話 朝の入浴
それにしてもアーニャは……そんな環境なのによく曲がらず歪まず、まっすぐに育ったもんだよな。普通ならとっとと飛び出して悪い方へ悪い方へ向かうものだが。拐われるまではコツコツと真っ当な暮らしを続けてたってことだもんな。すごいよな……
それからドロガーとクロミも帰ってきたので、赤兜テンポも含めて全員で宴会となった。やたらと歌いたがるテンポ。今日はそこにドロガーまで加わって酷い状態だった。楽しいからいいけど。結局こいつら二人は酔い潰れるまで歌い続けやがった。
私にも歌わせろってんだ。
朝か……いつの間にか寝てたみたいだな。左腕の中にいたのは……アーニャじゃないか……
少し懐かしくなるな……あの頃が。
あの頃は、寝入るまではしっかり腕枕をしていても、朝起きるとどっちかがそっぽを向いてたんだよな。ふふ。
『消音』
『浮身』
アレクにも通用する、女の子を起こさずに腕枕を抜く魔法だ。さて、朝風呂といこうかな。昨夜は風呂に入ってないから。
いや、その前に……
ほっ。いた。隣の寝室に。アレクったらベッドにカムイを連れ込んでるよ。しかもコーちゃんまで。私たちを二人っきりにしてくれたのかな? いつ寝たのかすら覚えてないからあんまり意味がないけど。
はぁ……他国に来ても、私は風呂に入ってばかりな気がする。前世ではこんなに風呂好きではなかったはずだが。DNAで考えると全くの別人だろうしな……そもそも転生って何だよ? 深く考えたことなんかないけどさ……
全く意味が分からない。前世の記憶って何なんだ? 脳の海馬に記憶があるのなら、どうやって記憶を引き継いでんだよ? 魂にそんなシステムがあるとでも言うのか? じゃあ魂って何だよ? 外付けHDDか? 分からないことが多すぎる。
魔力って何だ? カロリーみたいなもんか? ならば使えば使うほど私は痩せていくのか? そんなわけないし。無茶な使い方をすると頭が痛くなるし、空っぽになると気を失うことだってある。ああもぉ、分からないことが多すぎる……
普段は気にもしてないくせに、私は朝から何を考えてるんだ……?
考えても無駄なことは考えない。前世から私はそうして生きてきたはずだ。
この世は、いやあの世だって分からないことだらけ。
私が魔力を取り戻すきっかけになったあの事件も。黒幕は闇ギルドっぽいってことしか分かってない。私の首を刺したギルド受付嬢だって、操られてたってぐらいしか分かってない。
あのキモい白い奴ら。聖白絶神教団がなぜ元粒体理論を求めたのかだって分かってない。唯一逃げのびた聖女フランとやらを捕まえたら分かるのだろうか? フランティアの人間で私と同じぐらいの歳、そして金髪だっけ? そんなのどんだけいるんだよ。見つかるわけがない。
一番分からないのがクラウディライトネリアドラゴンだ。姿を見た者はいないのか? なぜドラゴンだって分かってるんだよ。誰が言い出したんだ? あの、本物の魔王ですら相手にならなかったって話だし……
分からないことが多すぎる。
今日の私はどうしたんだろうな? 朝から風呂でのんびりタイムなのに。昨夜の酒が残ってるのかな? こんな風に妙なことを考える時ってロクなことがないんだよな。今日は昼からファベルに行くぐらいしか用はないし、それが終わったらのんびりしようかな。
アレクとアーニャを甘味屋に連れて行くのもいいしね。
ムラサキメタリックの加工はそれからでもいいよな。残弾は多いに越したことはないもんな。
はぁーいい湯だな。あははん。マギトレントの湯船も作り直さないとな。色んな用が済んだらノワールフォレストの森に伐採しに行こおっと。
「カース……いや、和真……ここにいたんだ。起きたらいないから……」
アーニャ。起きたのか。
「おはよ。和真って呼ぶのやめないか? 僕はもうカースなんだからさ。」
「あ、そ、そうだよね。ご、ごめん……つい、さ……」
「僕だって君を綾子と呼びたい気持ちはある。でも、そうじゃないだろ。君はアーニャなんだからさ。」
「そ、そうだよね……あ、私も入っていい?」
「そりゃあ風呂なんだからいいよ。」
「そ、そうじゃないけど……入るね……」
私のことはカースと呼ぶってことになったはずなんだけどな。
「和真……あっち向いてて……」
「恥ずかしいなら無理に今入らなくても……」
「いいの! 入るの!」
無理しなくてもいいのに。
「い、いいよ……」
「朝から風呂ってのも贅沢でいいよな。」
「こっち見てよ……」
見てと言われてもな。
「どうせアレクさんと比べたら小さいし!」
「そうだな。気にすんなって。」
「和真のバカ! 抱くのは無理でも抱きしめてくれたっていいじゃん! キスぐらいしてよ!」
うっ……ぐいぐいと……
「そ、そうだな……」
「なに震えてんのよ。童貞?」
ど、どど、童貞じゃねーし!
「あ、アーニャ……」
「二人きりの時は綾子って呼んで。」
い、いやそれは……
「すまん。そうはいかん。僕たちはもう和真と綾子じゃない。カースとアーニャなんだ。前世を忘れることはできなくても、今生に馴染む努力は必要じゃないか?」
「和真……過去を忘れるのは女の特権なのに、あなたにそう言われるなんてね……」
「この前そうしようって話したばっかりだからな。いくら記憶力が怪しい僕でも覚えてるさ。」
「いいからキスしてよ。激しく。貪るように。早く!」
「アーニャ……」
アーニャ……
「んむっ……和真……」
アーニャの唇、どこか懐かしい感触が蘇る……
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