1705話 アーニャ・カームラの記憶
あー疲れた……
もう歩きたくない……
でもようやく最初の大通りまで戻ってきたぞ。ここまで来れば宿の場所だって分かる。
『浮身』
『風操』
地面スレスレを浮いたまま進もう。でもこれって足が動いてないから違和感バリバリだな。
一応『隠形』も使っておこうかな。今さら使っても気休め程度にしかならない気もするが。
宿に到着したので魔法解除。なんだか長旅をした気がするね。
「おかえりなさいませ」
隙のない立ち姿で出迎える客室係。薬屋さんとうまくいくといいね。
「ただいま。ドロガーたちは帰ってる?」
「いえ、まだお戻りになられておりません」
「そうか。ありがとよ。」
実は興味なんかないけど話題として聞いてみただけ。
「ただいま。いい子にしてたかな?」
「カースおかえり。もちろんよ。」
「おかえり。アレクさんとたくさんお喋りできて楽しかったよ。」
「ピュイピュイ」
「ガウガウ」
アレクとアーニャが仲良さそうで何よりだ。こういうのを妻妾同衾って言うのかな。違うよな?
少し早いけど夕食にした。
食べながら談笑。まずは私の行動から。
「カースったら大忙しじゃない。もうスラムを制圧してきたのね。素敵よ。」
「スラム……闇ギルド……私、アレクさんから聞いたのね。カースのこと。あの聖女様の息子さんだったなんてびっくりよ。しかもウリエン様の弟だったなんて!」
「おっ、母上と兄上のこと聞いたんだ。すごいだろ。自慢の家族なんだよ。」
「うん! すごいよ! 私ウリエン様の姿絵って見たことあるもん。」
アーニャが見たってことは兄上がまだ近衛学院にいた頃ぐらいのかな? いや、卒業したあたりか? いずれにしてもバンダルゴウにまで出回るなんて兄上の人気はすごいんだな。さすが模範騎士。
「ついでだからウリエンお兄さんの話もしておいたの。五人の奥様のこともね。」
「私でも知ってる王族のお姫様を側室にするなんて意味が分からないよ! あっ、そんなことよりカースよ! 国王陛下に
アレクったら。恥ずかしいこと言わなくていいのに。悪い気はしないけどさ。
「まあ、大したことあるよ。もちろん僕一人の力じゃないけどね。」
綾子の前だとつい『俺』って言ってしまうけど、今後はもうアーニャと呼ぶことだし一人称を統一しないとな。有象無象の前なら『俺』でいいけど、大事な人の前だからな。
「カースが和真だと思うと……僕って言われると違和感しかないんだけど。でも、やっぱり今はカースだもんね。」
「ああ。その辺はお互い様だもんな。今を生きるしかないよな……」
どうも話が逸れるな。
「でも私はカースが俺って言うの、結構好きよ? 普段とは違うカースを見ているようで。ほら、カースってダミアン様とかドロガーと話す時って俺を使うじゃない? なんだか男の子って感じが心地良いわ。」
おお……アレクはそんなこと思ってくれてたのか。ちょっと嬉しいな。
「それより二人でしっかり話せた?」
「うん! アレクさんから色々教えてもらっちゃった。カースの小さい時の話とか!」
「私もカースの昔の話を聞かせてもらったわ。許せなかったわ……モンスターって言うの? どこまで甘えれば気が済むのかしら……殺したくて仕方なかったわ。」
あー……あの話か……
私ですらもうほとんど忘れてたのに……
モンスター……あいつらって一体どんな人生を過ごすんだろうなぁ……
一生何かに文句をつけまくって、一生何かに縋り続けるんだろうか……哀れ過ぎる人生だな。余生が全く想像できない。
「まあそれはそれとして。二人が仲良くしてくれて嬉しいよ。あ、そうだ。アーニャは帰りたくないの?」
バンダルゴウの近くの村落に住んでたんだっけな。
「んー……ちょっと帰りたくないかなー。」
「ちょっとアーニャ。私それ聞いてないわよ? この際だから話してみなさいよ。」
アレクったら世話焼きだなぁ。いい子だね。
「もともと私は十五歳になったら村を出て冒険者になるつもりだったの。ほら、和真を探すためにね。そうでなくてもあの村って居心地が悪くてさ……」
アーニャの話によると、それは居心地が悪いってレベルではない気がする。
物心ついて以来、朝から晩まで働かされることが当たり前になっていたと。殴られたり蹴られたりこそないものの、仕事が終わらないと平気で飯抜きとか……
おまけに可愛がられるのは弟や妹ばかり。村からバンダルゴウまで行くのもいつも一人。自分で編んだ籐籠を売ってその金も両親に取られる。そんな中からギルドに登録するための銅貨を貯める日々……
搾取に負けず、毒親にも負けず……一枚ずつコツコツと。登録費用は銀貨一枚、銅貨にして百枚……
「そのあたりから記憶が飛んでるわけだな。」
「うん。だから下手すると両親の手で売り飛ばされた可能性すらあるよ。だから別に帰らなくてもいいよ。」
うわぁ……これはきついな……
確かにテンモカで解放した女たちにもいたもんな。親に売り飛ばされた者がさ。珍しくないんだろうな……
「どうする? その故郷、丸焼きにしてやろうか?」
「ううん、そんなことして欲しくないよ。カースは気にしないで。」
もちろん冗談だけど、アーニャがそう言うならば気にするまい。それにしてもアーニャ……本当に過酷な人生を歩んできたんだな……あんまりだろ。これが徳を前借りしたことに対する代償かよ……
「あっ! でも……少しだけ寄りたいかも……」
「もちろんいいとも。何かあるの?」
「私のお金……隠してあるの。銀貨三枚と少ししか貯まってないけど……それでも必死に貯めたお金だから……」
幸せにしてやらないとな……
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