1681話 オワダの元御三家カシオ・ヨシノ

「名前が思い出せないんだが、元御三家のおっさんがいるよな? 娘が騎士をやってるさ。」


「ああ! カシオ・ヨシノ様ですね! 何か御用がおありで?」


おお、これだけで分かるのか。さすがは元中央貴族。言われてみればそんな名前だった気がするね。


「ああ、ちょっと約束したことがあってさ。家は分かる?」


「ええ、もちろんですとも。ではうちの者に案内させましょうか?」


「悪いな。頼むよ。」


「かしこまりました。テディ! 魔王様をヨシノ様のお宅へご案内しなさい」


「はい! わかりました!」


この丁稚くんはテディと言うのか。


「じゃあ番頭さんまたね。今度はイカルガ方面からまた大勢のローランド人が集まると思うから。頼むな。」


「はい。お任せください! 魔王様、またお越しくださいませ」


「魔王様! こちらです!」


きびきびと歩く丁稚くん、いやテディくんだったか。


「君はオワダ商会で働いて何年になるんだい?」


「はい! この春で三年になります!」


「おお、結構長いね。ちなみに何歳なの?」


「はい! 先月十三歳になりました!」


てことは十歳の春から働いてるってことか。あー、なるほど。初等学校などのシステムはローランドと同じなのかな?


「もしかして学校を卒業してそのままオワダ商会に入ったってこと?」


「はい、その通りです! 僕はオワダの初等学校で成績がいい方だったもので、幸運にもオワダ商会に入ることができました!」


うぅむ……成績がトップクラスなら上の学校に行くんだろうが『いい方』なのか。悪い方だったら冒険者とかになってたんだろうなぁ。


「到着しました! あれがヨシノ様のお屋敷です!」


ここら辺だったのか。あの女狐、オワダ領主の屋敷からまあまあ近いな。


「ありがとう。これはほんの気持ちだよ。こらからも仕事がんばってね。」


「うわぁこんなに!? 魔王様ありがとうございます!」


千ナラー。子供に大金はよくないからね。あ、でも十三歳といえば私が王国一武闘会で優勝した歳か。なんだかすごく大昔みたいな気がする。

あっ、来年の秋はまた王国一武闘会があるじゃん。五年に一度だもんな。どうしようかな……一般の部に参加しようかな……

まあいいや。その時になってからまた考えよう。


さて、気を取り直してヨシノ家の門を強く叩く。門番はいないのかな。落ちぶれた貴族だねぇ。漆喰っぽい白くきれいな壁に頑丈そうな木造りの門。


ぎいぃと錆びたような音を立てて開いたのは正門ではなく隣の小さい方、通用門だった。


「当家に何用でございますか?」


メイドってよりはお手伝いさんって感じのばあちゃんだな。


「俺はカース・マーティン。魔王と言えば分かると思うが、当主は在宅か? 手紙の件で用があると言えば分かるだろう。」


「旦那様はご領主様のお館にいらっしゃいます。御用ならばそちらに行かれた方がよろしいかと」


領主の館? どうしてまた……まあいい。


「分かった。ありがとう。」


領主の館ならここから近い。一回しか行ったことはないがしっかり覚えているとも。




着いた。さすがに今度は門番がいるんだな。それも二人も。


「何者か! ここはオワダ領主邸であるぞ!」


「俺はカース・マーティン。魔王と言えば分かるな? ヨシノ閣下に用事があってな。手紙の件と言えば分かるはずだ。取り次いでもらおうか。」


「なっ、ま、まお……ま、待っておれい!」


早くしろよ。どうも今朝からお使いばっかりさせられてる気分なんだからさ。時刻は二時と三時の間ってところか。この分なら夕方の閉門に間に合いそうだが……


「貴様、魔王! よくもノコノコと顔を出せたものだな!」


門が開き、顔を見せたこの女は……おっさんの娘、女騎士か。確か隊長クラスだったと思うが。


「俺に後ろめたいことなどないし、お前に用もない。さっさとヨシノ閣下に取り次げ。」


せっかく気を遣って『閣下』と言ってるんだからさぁ。


「うぬぬぬぅ! 父上に何用か! 言ってみよ!」


「手紙の件だとさっき伝えたはずだが? それとも放置してもいいのか? いいならそうするぞ。」


ぜひ放置したい。この場合は正確に言えば契約解除だな。双方の同意があれば解除できるのが私の契約魔法だからね。まあ、場合によるけどさ。


「ちっ、来い!」


「ああ。」




この部屋も見覚えがある。女狐と面会した応接室か。なんだか汚れてないか? うっすらと埃がたまっているような。


「ここで待っておれ! 父上をお呼びしてくる!」


さっきの門番も呼びに行ったようだが、行き違いになっても知らんぞ? つーか待たせるなら茶と菓子ぐらい出せよ。気が利かんなぁ。突然の来客にそつなく対応できるのも貴族の矜持だぜ?




ドタドタと足音が聞こえる。来たか。錬魔循環を始めようかどうしようか迷っていたが。


「魔王殿! も、もう、と、届けてしまったのか!?」


あー、そっちと勘違いさせてしまったか……


「久しぶりだな閣下。もしかして領主になったのか?」


ぷぷっ、閣下と言われて照れる顔と部下の前でタメ口きかれた怒りの顔が同時に表情に出てる。おもしろ。


「貴様っ! ご領主様に向かって!」

「なんと無礼な!」


「よい。この者は儂の友だ。友誼に歳の差、身分の隔てなど関係ない。」


いきなり冷静になりやがった。つーか、いつから友になったんだよ……別にいいけど……


「ははっ!」

「し、失礼いたしました!」


「すまぬな。儂も少々焦ってしまったようだ。さあ、座ってくれ。おい、茶と酒、そして摘むものを持て。」


「はっ!」


護衛二人のうち一人が出ていった。もう一人はおっさんの後ろに立つ。


「それで、手紙の件と聞いたが……」


「すまない。俺の失敗で失くしてしまった。」


頭を下げる。目の前のテーブルに額が付くほどではないが、テーブルと平行になる程度には。


「なっ!? なんだと!?」


「聞いてもらえるならば説明する。」


まだ頭は上げない。


「分かった……説明してくれ。頭を上げてな……」


「すまない。説明しよう。」




シューホー大魔洞に入るきっかけ、そして目的。神とのやりとりまで全てをありのままに話した。約束を破ったのは私なのだから誠意を尽くすしかない。

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