1665話 カースの事前準備

はあぁ。いい湯だな。

飯は美味かった。酒も旨かった。アレクとの逢瀬も最高だった。

こうして事後にのんびり湯につかるのも気分がいい。


さて、カムイとクロミには夜襲の可能性を伝えてはおいたが、今のところその気配はない。赤兜側としては公衆の面前で私たちを殺したいんだろうしな。夜襲で誰に殺られたかも分からない状態は面白くないんだろうしね。




風呂から上がり、くつろいでいるところに客室係がやってきた。ドロガーたちが帰ってきたら知らせてくれるよう頼んでいたからだ。


そして私はドロガーたちの部屋を訪れた。


「よう。えらく早いお帰りじゃないか。夜はこれからじゃないのか?」


あら? ドロガーの奴、顔がぼっこぼこになってるじゃん。


「ああ……ちっと嫌な野郎と揉めてよ……」


「キサダーニだろ? 何を揉めることがあるんだ?」


キサダーニにしてみればドロガーはリーダーの仇を討ってくれたようなもんだろうに。


「あいつ抜きでブラッディロワイヤルを名乗ったからだな……」


「なるほど……」


「俺らは二度とブラッディロワイヤルを名乗らねぇって約束をしたわけじゃあねぇ……だが俺も魔王らとシューホーに入るまでぁその名前を出したことすらねぇ。キサダーニもな。」


「ほう……」


約束してないなら問題ない……とはいかないのが人の情ってもんかねぇ。


「俺にとっても……キサダーニにとっても……ブラッディロワイヤルって名前ぁ特別だったんだ……だからこそ今回お前からリーダーだと言われた時にゃあ……迷わずブラッディロワイヤルの名を出しちまったんだ……お前らとだったら踏破も夢じゃねぇからよぉ……」


「分からんでもない。」


例えは違うだろうが、もし誰かが『毒針スパラッシュ』と名乗っていたなら私だって許せないかも知れない……しかし、事情によっては許すかも知れない。


「そんでまあ……酒の勢いもあってよぉ……ちっとばかし殴りあっちまったわけよ……」


ただの殴り合いならドロガーが勝ちそうだが、こいつの顔を見るに引き分けってとこか。お互い『殴る』以外のことはしなかったんだろう。へっ、暑苦しい奴らだわ……


「ただの殴り合いみたいだな。それならいい。で、こっちの用事だけど。ドロガー、ムラサキメタリックかアイリックフェルムを持ってないか?」


さすがに切り札もなしには敵陣に飛び込めないもんな。今の私には武器が不動しかないんだから。


「ちっ、お見通しかよ……おらよ。これでいいか?」


ドロガーが魔力鞄から出したのはムラサキメタリックの鎧、籠手に脛当て、つまりグリーブまで揃っている。


「こいつだけ貰っておく。悪いな。」


赤兜が魔力鞄を持っているのにドロガーが持ってないはずがない。こっそり私の目を盗んで赤兜騎士団が落とした装備を拾っていてもおかしくないもんな。だが、剣がないところを見ると魔力鞄にサイズ制限か重量制限でもあると見た。


「そんだけでいいんかよ?」


籠手を片方だけ。


「ああ、充分だ。邪魔したな。」


「待て……アイリックフェルムはいらないのか……」


赤兜が口を開いた。つーかこいつを赤兜と呼ぶのはどうにも紛らわしいな。


「いる。で、お前の名前は?」


「……テンポザ・ゾエマだ……」


何回か聞いた気はするんだが、どうも覚えられないんだよな。ステージではテンポがいい、と覚えようかな。


「分かった。今度こそ覚える。悪いがアイリックフェルムもいただくぜ。」


「ああ……」


ナイフと盾か。溶かして弾丸にするのは惜しい気もするな。ナイフはこのまま使おうかなー。


「ありがとよ。じゃあお前らも気をつけろよ。」


こいつらは明日参加するわけではないけどさ。


「おうよ。魔王こそ死ぬんじゃねぇぞ?」


「ああ、じゃまた明日な。」


夜中に起こしてしまうかも知れないけどな。




部屋に戻った私を待っていてくれるのはアレク。


「おかえりなさい。どうだった?」


「手に入ったよ。これで明日はどうにかなりそうかな。」


「よかった……いくらカースでもムラサキメタリックの大軍に囲まれたらと思うと……」


「その時は真っ先に逃げるよ。まともに戦うとすぐ魔力が切れそうだもんね。」


さすがにムラサキメタリックをフル装備の赤兜どもに囲まれたら勝てないからな。真っ当な手段では……


それに、どうせあれこれ罠を仕掛けてるんだろうし。ま、何があっても全て跳ね返すつもりだしね。どうせこの街は大混乱に陥ることになるんだから。無辜むこの民に影響を及ばしたくはないが、たぶん無理だろうなぁ。


「じゃあちょっと出てくるから、アレクは先に寝ててよ。」


「私も行く……と言いたいところだけど、アーニャがいるものね。ちゃんと帰ってきてね?」


「もちろんだよ。たぶん一時間もかからないと思うよ。じゃあ行ってくるね。」


「行ってらっしゃい。」


そう言って私の頬に唇を寄せてくれるアレク。柔らかな感触がたまらない。

ちなみに、どうせ出かけるのに一度部屋に戻った理由は窓から出るからだ。

窓から出て、空高く舞い上がる。一度下を見て、宿の大まかな位置を確認し、天都の東へと移動する。


来る時に空から見たのだが、天都は東側が海に面している。私はそんな海岸沿いに着地した。天都の東には主にメリケイン連合国との貿易を担う港があるそうだが、ここらには何もない。ただの岩がごつごつした海岸が広がるのみだ。


さて、始めるか。まずはムラサキメタリックの籠手から……


点火つけび


超高温に熱して……


金操きんくり


ムラサキメタリックをちぎり取り、ライフル弾を成型する。


くっ……相変わらず魔力をさっぱり受け付けない金属だな……

ヒイズルの職人は一体どうやってこんなの加工してんだよ……しかもあれこれと魔法効果まで付与してさ……




はぁ……はぁ……ふぅー。

あー疲れた……頭が痛い……


どうにかライフル弾が十発、徹甲弾が一発できた……


次はアイリックフェルムで……




できた……

ムラサキメタリックの紫弾は貫通力重視だが、アイリックフェルムの白弾は殺傷力重視だ。

少々えげつないが弾頭に軽く切れ込みを入れたホローポイント弾にしてやった。こいつは人体に着弾すると変形し、肉体をズタズタにえぐるらしいからな。前世の知識でそのぐらいは知っている。ただ、具体的にどうなるかまでは知らない。可哀想な赤兜が身をもって確かめることになるだろう。

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