1663話 マキ・トヤクヤと客室係セヒロ

「待たせたな。さて、店主。この際だから事情を聞かせてもらおうか。」


何事もなかったかのように店内に戻った。実際、店の近所の地面には焦げた跡すら残ってない。少し浮かせて焼いたからね。


「さっきの三人はどうしたの? すっごい魔力を感じたよ?」


「消えたぞ。だから気にしなくていい。で、借金だって?」


「あー……うん。僕の親が残した借金。この店を捨てて逃げてもよかったんだけど、やっぱ両親が遺してくれた店だからさ。」


「マキさん。私からご説明してもよろしいでしょうか?」


客室係がここにきてようやく口を開いた。しかも事情を知ってるのかよ。


「いいよ。」


「では差し出口で恐縮ですが……そもそもマキさんのご両親が作られた借金はわずか百万ナラー足らずです。それも理不尽な言いがかりによるものです」


ふむふむ。

ほうほう。


最高級ポーションを発注しておきながら、現物を受け取りつつも代金は後払い。しかも味に文句をつけて踏み倒すどころかマズさの余り偉い貴族の逆鱗に触れたと因縁つけまくって借金を被せたと。

その貴族をなだめるために大金を使ったから、いくらか負担しろという暴論に……父親は屈してしまったのか。

で、あとは埋め合わせとか何とか言って最高級ポーションを作らされ続けて……作っても作っても借金が減らず、いや増える一方で……

とうとう薬草を採取に行った先、険しい山で滑落。浮身を使う間もなかったらしい。普段なら薬草なんてものはギルドに依頼として出すものだが、少しでも支払いを減らすために自分で行ってしまったと。

死体の発見者は母親。帰りが遅い父親を心配して行ってみたら……もう冷たくなっていた。


その後、母親がポーションを作ろうとするものの出来上がるのは中品質のものばかり。父親が残した書物を読みながらやっても上手くいかない。結局ポーション造りも魔力の操作がものを言うからだ。

そして無理が祟り、母親も死亡。


一人になってしまった店主。逃げようという気はさらさらないようで、独学で今日までつっぱり通してきたと。最高品質のポーションを作れているのだからその腕前に疑いはない。だが、それが災いした。


最高級ポーション『純松すみまつ』と『松位まつい』を作れるようなったことで再びエチゼンヤ商会の目が厳しくなった。あいつらも忘れていたであろう大昔の借用書を持ち出して、利息込みで二千万ナラーを一括返済しろと迫ってきた。


そもそもエチゼンヤ商会がこの店を目の敵にしたのは、自分たちの店より高品質のポーションを売っているからだとか。

両親が死んだことで……子供一人に何ができる、放っておけば野垂れ死ぬだろう。そう思われていたために生き延びられたのに。


美しく成長し、ポーション造りの腕も以前の父親並み。いや、このままいけばそれ以上になるだろう。エチゼンヤ商会が焦るのは必然か。


金が払えないなら自分の妾になれ。そう持ちかけてきたのはエチゼンヤ商会の跡取り息子『コシノル・エチゼンヤ』。向こうにしてみれば一石二鳥ってわけか。胸くそ悪いわぁ。


有力冒険者が何人か常連にいるため最高級ポーションだって売れる時は売れる。そのため少しずつ支払いはできたものの、いよいよ限界となったのが今日ってわけか。向こうにしても何やら急ぐ事情でもできたのかもね。

例えば常連の冒険者の中でも一際腕利きの奴が天都に帰ってきたとかさ。まあそれはどうでもいい。


それにしても、この店主……

そんな状況なのに私にすんなりと売ろうとしなかったな。すごいな……

これが職人魂ってやつか? 単にクレームを嫌ったとか、今後のやりとりを面倒くさがったとかではないようだ。今さらながら薬師として生きる誇りと覚悟を感じるではないか。やるな……


「だいたい分かった。よかったな店主。エチゼンヤもエチゴヤも近いうちに潰れるぞ。ツイてるな。」


「え? ちょっ、それどういうこと?」


「そのまんまさ。エチゼンヤとエチゴヤは何らかの関係があるんだろ? 天都にはエチゴヤの大番頭おおばんとうってのがいるらしいし。」


「お、お客様……あなたはいったい……」


あれ? 大番頭の情報は意外と知られてないのか? おまけに私のことも。


「もしかして、俺のことを知らずにこの店に連れてきたのか? てっきり俺にこの店を助けて欲しいのかと思ったぞ?」


「い、いえ、その、確かに売上に貢献していただければ嬉しいとは思いましたが……お客様のことはお名前とご出身ぐらいしか……」


ギルドはどうにか知っていたようだが、さすがに民間レベルでは無理か。


「ああそうか。それなら気にしないでくれ。あ、てことは二人はいい仲なのか? 俺らのように。」


そう言ってさりげなくアレクを抱き寄せる。隙あらばイチャイチャしたいお年頃だからな。


「も、もうカースったら……」


「い、いえ、ち、違います……私の一方的な……」


「ごめんねセヒロさん。助けてくれるのはありがたいけど、僕の事情に巻き込むわけにはいかないから。聞いてるよ? もう何回もお見合い断ってるって。」


ふーん。そんな事情まであったのね。


「やっぱお前らツイてるわ。エチゴヤとエチゼンヤが潰れたら何も気にすることなくなるんだろ?」


「い、いえ、それでもマキさんの気持ちがないと……」


「無理だよ。あいつらおかみとも繋がってるって噂だし……」


「お上ねぇ……それもどうなるか分かったもんじゃないなぁ。で、話を戻すが、エチゴヤとエチゼンヤはどんな関係なんだ?」


まあ、聞くまでもないとは思うが一応ね。

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