1662話 薬屋トヤクヤ商会

陶器っぽい入れ物からコルクのような蓋を取る。

中から嫌な臭いがむわっと漂ってくる。コーちゃんは私の首から逃げた。アレクは顔の前に風壁を張った。


あー……やっぱりこのパターンか……

分かってたさ……

たぶんこの店主はクレーマーに悩まされたことがあると見た。定価で売った正当な取引なのに、くそマズいと文句をつけられ悪評をばら撒かれたりとか。それで売る相手に慎重になってるんだろうなぁ。分からんでもないよ。ましてや私とアレクを見ると、とても冒険者には見えないだろうしね。


だが……


「ぶふう……あ"ぁ"ーまずい……もう一杯……」


魔力の回復量は一割ってとこか。さすがにクタナツ産ほどじゃあないな。値段の差と言えばそれまでだが。

それにしてもまずかった……夏場の台所に味噌汁を十日も放置したらこんな味になるか?


「え? あれ? 全部飲んだの? 一気に?」


「見ての通りだ。効果の高いポーションがクソまずいってことぐらい知ってるよ。俺はこれでも六等星だからな。」


香りを嗅いだだけで失神する魔王ポーションなんてのもあったなぁ。あれに比べるとまだマシかな。あれなんて下水を煮詰めた味って気がするし。下水を飲んだことなんてないから知らないけど。あぁ、それから魔力庫に収納できない自家製ネクタールとかもあったなぁ。あれは無味無臭で最高だったのに。


「なんだ、そうだったのかい。どう見ても冒険者には見えないし、そちらのお嬢様は高位貴族だし。一口だって飲めないと思ってたよ。じゃあこれ。十本ずつね。」


「一応聞いておくが、これだけ売っても問題ないのか? 最初に『買えるだけ欲しい』と言ったのは他の客に配慮してのことだ。問題ないなら買うが。」


高品質ポーションは冒険者にとって死活問題だからな。いくら他国だからって金にものを言わせる気はない。あくまで店側が売れるだけ、こちらは買えるだけでいいのだ。


「あ、ああ、そういう意味だったんだね。素人と見くびって悪かったよ。ああ、問題ないとも。十本ずつお買い上げ、ありがとうございます。」


「ああ、助かった。じゃあこれ三千万ナラーな。」


さっき手に入れたばかりの大金がもうなくなった。明日の用事が終わったらまた金策しないとな。いや、一度ローランドに帰る必要もあるか。北の街にも寄らないとな。呑気な旅のはずが忙しいなぁ……


「毎度。ねぇ、名前を教えてよ。君はお得意様になってくれそうだしね。あ、僕は薬師のマキ・トヤクヤ。一応ここの店主だよ。」


見た感じは二十代中盤ってとこか。きれいな顔して腕は立つみたいだな。まあポーションの効き目に顔は関係ないわな。


「カース・マーティン。ローランド王国の六等星だ。」


「アレクサンドリーネ・ド・アレクサンドルよ。私は八等星ね。」


「ピュイピュイ」


「この蛇ちゃんはローランドではフォーチュンスネイクと呼ばれているが、まあ大地の精霊だな。コーネリアスだからコーちゃんと呼ぶといい。」


「ふえぇー大地の精霊様なんだ。いいなぁ。羨ましいよ。じゃあまた来てね。増産して待っておくから。」


「ああ。金ができたらまた来るよ。」


ドロガーに払わせてもいいけどね。


「おうおう邪魔するぜ!」

「んだぁ? 客かぁ?」

「おらおら、さっさと帰れ帰れぇ!」


なんだこいつら? ドカドカと入ってきやがって。冒険者って感じではないな。ならず者の匂いがプンプンするね。さては闇ギルドか……つまりエチゴヤ?


「おう! もう閉店だからよぉ! さっさと出ていけや!」

「おらぁマキぃ! てめぇ今日という今日ぁ払ってもらうぜ! こっちにゃあちゃーんと証文があんだからよぉ!」

「別に払わなくてもいいんだぜぇ? おめぇにゃ身体で払うっつー手もあんだからよぉ?」


おや、借金の取り立てか。つーか、身体で払う? この店主ってもしかして女? 美形の男かと思っていたが。ああ、マキって名前は女っぽいかな。


「はいこれ。そんじゃ証文ちょうだい。はい、確かに。じゃ、二度と来ないでね。」


あ、終わった。ゴロツキ三人は呆然としている。せめて金を数えろよな。


「あ、あん? て、てめぇこの金どうしやがったぁ!」

「あんなクソまじいポーションが売れたとでも言うんかぁ!?」

「あ! そこのてめぇらか! ここのポーション買いやがったのは!」


薬屋でポーション買って何が悪い。こいつらバカだな。


「帰れって言ったよ。それとも僕のポーション飲みたいの?」


「う、うるせぁ! ガタガタ言ってんじゃねぇ!」


ガタガタ言ってるのはこいつの方だよな。


「てめぇらここのポーション飲んでみたんかぁ? 死ぬほどマジぃんだぞ? 悪いこたぁ言わねぇ。もっと安くて飲みやすいポーションにしとけ。俺らが紹介してやんからよ? なっ? そうしろ。そうすりゃてめぇもここから無事に帰れるんだぜ?」


おお、長いセリフをすらすらと喋りやがった。さては定型文だな。いつもこんなことを言ってやがると見た。つまりそこまでしてこの店の営業を妨害したいと。


「持ってこい。」


「は?」


「そんなにいいポーションがあるなら持ってこいって言ったんだよ。三分なら待ってやる。」


安くて飲みやすいだけのポーションにどれほど価値があるかは疑わしいがね。しかも今の私は一文なしだけど。


「へへっ、てめぇ話が分かるじゃねぇかよ。なぁに、ここからそう遠くはねぇ。ほら行こうぜ。おっと、その前にここで買ったポーションを返しな。そんで金ぇ取り返せ。」


「あと二分と四十秒。のんびりしてていいのか? 俺は持ってこいって言ったぞ。お前さては耳が悪いだろ。いや、もしかして頭が悪いのか?」


「てめぇ……舐めんじゃねぇぞ?」

「いつまでも俺らが優しいとでも思ってんのか?」

「エチゼンヤ商会知らねぇみてぇだなぁ? こいつぁちいっと教育が必要かぁ?」


エチゼンヤ商会? エチゴヤとは違うのか?


「ちょっと! いい加減にしてよ! ここは僕の店だよ!」


「そうだな。騒がしくして悪かった。ちょっと出てくるわ。」


「えっ、いや、その、お客さんに言ったんじゃ……」


分かってるって。


「ほれ。お前らも来いよ。面白いものを見せてやるからさ。具体的には金目のものをな。」


「へへっ、てめぇよく分かってんじゃねぇか。そうやって最初ハナっから大人しくしてりゃいいんだよ」

「エチゼンヤ商会を知らねぇわけねぇもんなぁ? そりゃあ大人しくするしかねぇよなぁ?」

「長生きすんぜ? おうマキぃ、身支度して待っとけよ?」


どうもただの借金取りじゃあなさそうだな。後で話だけでも聞いてみようかな。




「さぁーて。ここならいいか。で? 金目のモンだったか。さっさと出せや?」

「よかったなぁてめぇ。俺らと揉めて無事に帰れるなんてツイてんぜ?」

「店に残してきた女も無傷で済むぜぇ?」


『狙撃』

『狙撃』

『狙撃』


両肩、両脚、両耳。ほぼ同時に六発ずつ。我ながら見事な魔法制御だわ。しかも威力を抑えてあるから両耳に当てたやつ以外は貫通してない。金目のものをプレゼントする約束だからな。体内に直接くれてやった。


「うぁぐぉおお……て、てめ、何しやが……」


おっ。一人だけ意識があるじゃん。やるねぇ。


「お前らが気に入らない。エチゴヤだかエチゼンヤだか知らんがな。無関係な俺らを巻き込んでんじゃねぇぞ?」


「エチ……ゴヤぁ知ってて……正気かてめぇ……」


「なんだ。やっぱエチゴヤと関係あるのかよ。ツイてないなお前。せっかく殺さないようにしてやったのに。」


「てめぇ終わったぞ……あの女も……身内もまとめて……惨たらしく……死んだぞオラぁ……」


やっぱ確定か。エチゼンヤとエチゴヤねぇ。詳しくは店主から聞けばいいか。


『狙撃』


三人にトドメを刺した。エチゴヤの関係者は皆殺しって決まってるからな。悪いな。


では懐を漁るとしようかね。それから撒き散らされた魔力庫の中身も。


おっ、さっき受け取った金を発見。三千二百万ナラーか。

他の奴らからも……ちっ、しめて四十万ナラーぐらいにしかならなかった。所詮はチンピラだな。

現金以外はいらないし、もういいかな。


『火球』


燃えろ。灰も残らずな。魔力庫に収納して、海なんかに捨ててもいいんだけどな。こんな奴らを収納したくないからな。こいつらも魔物に食われるより、きれいさっぱり燃やされた方がいいだろうさ。よかったね。

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