1645話 シューホー大魔洞の神
『踏破者の特権だ。願いを言え』
話が早くて助かるな。
「この女を元に戻すことはできるか?」
この神に敬語を使う気なんかない。今のところ。
『何をもって元通りと定義するか?』
「心も体もヒイズルに来る前の状態だ。何年前かは知らんがな。そこまで元通りにしてやってくれ。」
心が治ればそれで充分なのだが、神が小難しいことを聞きやがるからつい盛ってやったよ。できるもんならやってくれよ!
『ふむ、神の力といえど無限ではない。知っておるな?』
知らねーよ。
「できないならできないって言えよ。」
私もたいがい口の利き方が酷いな。いくらこの神にムカついてるからって……アーニャを治してもらう必要があるのに。
『それだけのことを成すには対価が必要というだけの話だ。踏破しただけでは足らぬな。さて、我が迷宮の壁を傷つけ口の利き方も知らぬ愚か者よ。そなたが対価を払えるならその者をそなたの言う、元通りにしてやってもよいぞ?』
「言え。対価を。」
払うに決まってんだろ。ヒイズルに来る前まで戻れば体はきれいなままだし、拐われた記憶だってないだろう。何より心だって壊れる前に戻れるんだからな。
『そなたの魔力庫の中身を全てだ』
は?
『聞こえなかったのか愚か者よ。魔力庫の中身を全て差し出せと言ったのだ』
こ、この野郎……
「俺の魔力庫の中には有用な物からゴミまで色々入ってる。そんなゴミまで含めて必要だってのか? 本当に必要なものがあるわけじゃないのか?」
『必要だと? 笑わせるな。その程度の中身で神と取り引きできるとでも思っておるのか? 我が見たいのはそなたの覚悟。その者のためなら全てを投げうつことができるのか、見せてみよ』
ふぅーん……そうきやがったか……
わざわざ迷宮を踏破したのにこれかよ……
だが……
「いいだろう。魔力庫の中身を全て差し出す。だから約束だ。この女、アーニャが拐われてヒイズルに来るより前、故郷で暮らしていた頃のように元に戻す。身も心もだ。いいな?」
『身の程知らずの愚か者め。その程度の魔法が神に通じるとでっもっおおっ……なおしてやろう』
効いたか……私の契約魔法が神に効いた。残りの全魔力を注ぎ込んだからな。一発限りの大勝負だったな。頭がくらくらする……だがまだ意識を失うわけにはいかん。
「中身はどこに出せばいい? この部屋では狭いんだが。」
『そなた一人でこちらに来い』
密室だったのに、前方に隙間が空いた。
「ちょっと行ってくる。待っててね。」
「カース……気をつけてね……これ。」
アレクが酷く心配そうな顔をしている。私の言動にハラハラドキドキってわけか。
隙間を潜ると……ふぅん。ボス部屋程度の広さはあるか。それなら魔力庫大開放しても大丈夫だな。
「ここに出せばいいんだな?」
『そうだ。全て捧げるがいい』
一気に全部出すと小さい物なんかは潰れてしまうな。いや、どうでもいいのか……むしろそんなことを気にしないほどの覚悟を見せる必要があるか。くそ……だがアーニャの身には代えられない……か。
アレクから受け取った魔力ポーションを飲んで……
『開放』
ある意味、断捨離か……
魔力庫が空っぽになったせいか、何だか心が軽くなった気がする。頭は痛いけど……これだけもの中身を全部出したもんだから魔力の消費が凄かった……
『ほう。そなた人間の分際で良いものを持っておるではないか。前言を撤回しよう。これだけのものがあればあの者は間違いなく戻せるであろう』
何だよ。やっぱり覚悟とかの話じゃなくて足りないエネルギー的なものの補充に必要だったんじゃないか。それなら私から魔力でも補給すればいいのにさ……やっぱこの神は性格悪いな。
ああ……私が長年に渡って集めた素材の数々……
ノワールフォレストの森で倒したエメラルドドラゴン。
ヘルデザ砂漠でせっせと作った鉄の塊や巨岩。
クライフトさんに作ってもらったオリハルコンの装備。
ミスリルギロチンやミスリルボード。ミスリルナイフもだな。
魔法吸収効果を後付けしたサウザンドミヅチの装備。
ほとんど着る機会のなかったエビルパイソンロード製の学ラン。
シルキーブラックモスやケイダスコットン製の高級シャツに下着や靴下。
コバルトドラゴンやクリムゾンドラゴンの牙に角。ドラゴンの短剣もか。
こつこつ集めていたムラサキメタリックの装備。そして作っておいた紫や白い弾丸。
船を固めたアイリックフェルムの塊。
イグドラシルの木刀や箸。
そこそこ溜まっていた魔石、宝石。そしてムラサキメタリックのインゴット。
マギトレントの湯船にピラミッドシェルター。
免税許可証や金貸し許可証は楽園に置いてあるからいいが、各種証明書やギルドカードがなくなるのは少し痛いな。
アラキ島でゲットした酒も全て……元から持っていた酒も……全てなくなった。
豊穣祭で貰った賞品やカゲキョー迷宮に入る前に買い集めた食料。味噌や醤油、ワサビが……
ああ……身につけてなかったばっかりに……オディ兄から貰ったクタナツ専用の羅針盤にエルダーエボニーエントの鉢金が……
通常の羅針盤もないと不便なんだよな……何もかも……
ポーションも万能薬も、全てなくなった。
ヒイズルの現金も。
そして、スパラッシュさんの形見である『呪いの魔笛』や切り札『水晶の吸い針』も……
魔力庫に入っていた全てが……失くなった……
『確かに受け取った。ではしばし待っておれ』
「絶対なおせよ。」
今の私に残されたものは……
コバルトドラゴンのウエストコート、トラウザーズ。
ドラゴンゾンビのブーツ。
シルキーブラックモスの白シャツ、パンツに靴下。
王族用特注の、拘束隷属の首輪。
オリハルコンの指輪。
オニキスのカフリンクス。アレクとお揃いで作ったアレクサンドライトのカフリンクスはもうない……
脛と上腕に巻いている衝撃吸収のサポーター。
前腕に装備しているエルダーエボニーエントの籠手。
そしてイグドラシルの棍、不動か。
容赦なくかっ
あ、いつの間にか元の部屋に戻ってる。
「カース! 大丈夫だった!?」
「うん。大丈夫だよ。たくさん失くしちゃったけど、また手に入れたらいいよね。」
「そうね。カースなら大丈夫よね。それよりアーニャが急に倒れて……」
『その者はしばらく目覚めはせぬ。次に目が覚める時、全てが元通りになっているであろう』
「分かった。信じるぞ。」
『次の者、望みを言え』
アレクが一歩前に出た……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます