1620話 金の針、銀の針

朝か……いや、時間なんか分からないけどさ。

うーむ、かなり汗をかいてるな。体はいくら汗をかいても服も布団もあれこれ魔法効果が付いてるから快適なんだが、顔だけはどうにもならないよな。どうせまたうなされたんだろうな。幸いアレクを起こさないで済んだようだ。せっかくよく眠ってるんだからさ。

風呂は後でいい。今はこうして静かにアレクの寝顔を見ていよう。寝息に耳を傾けよう。これってとても贅沢な時間だよな。この世界で私にしか許されない特権だ。ふふ、飽きないなぁ。


ん? シェルターをノックするのは誰だ? まったくもう。


『換装』

『消音』

『浮身』


音だけでなく、振動も発生しないようにそろりと上から出る。


「おはよ。どうした?」


「あれ? ニンちゃん起きてたのー? 金ちゃんはー?」


「アレクはよく寝てるからな。消音をかけてあるぞ。もしかしてアレクに用だった?」


「いいやー、別にー。それよりニンちゃん大丈夫なのー? 疲れてなーい?」


「いや、疲れてないかな。魔力もほぼ満タンだしね。クロミこそ早起きじゃん。何か食べる?」


「いいやー、金ちゃんが起きてからでいいしー。ニンちゃんはお腹すいてんのー?」


「そうでもないかな。それならアレクが起きたら朝食にしようか。」


ならばそれまで軽く型稽古でもしてようかな。不動を振ろう……


「あっ、ニンちゃんだめ。こっちこっちー。」


「ん? 何だ?」


「はーいここに寝てー。」


水のベッドじゃん。起きたばかりであんまり眠くないんだけどな。それに寝るならアレクの横がいいのに。まあクロミの好意みたいだしちょっとぐらいならいいか。


『換装』


パンツ一丁で、と。おお、じんわりと温かいな。


「じゃあいっくよー。」


あ"あ"あ"ぁあ"ぁーーーーなるほど……この前の振動風呂のベッドバージョンか。寝たまま全身をくまなくマッサージね。こりゃあ気持ちいいな……う"う"……


「今度は息止めておいてねー。」


ぶはっ、顔まで水に覆われてしまったぞ……別に呼吸は止めなくても『水中気』が使えるから問題ないけどさ。あーでもこりゃあ頭の先まで気持ちいいな……クロミはすごいな……




「はい終わりー。ニンちゃんどーお?」


「ああ。気持ちよかったよ。ありがとな。じゃあちょっとあの中に戻るわ。アレクが起きたら食べような。」


ほどよく眠れそうな気がするんだよな。さっき起きたばっかりなのに。まあ構うことはないだろう。この先はどうせもっと厳しくなるんだし休めるうちに休んでおく方が賢明ってものだ。


「もーニンちゃんつまんなーい!」


まあそう言わないでくれよ。




それから一眠りして、私が目を覚ますのと同時にアレクも目を覚ました。変な汗はかいていない。今度はすっきりとした目覚めだったな。


「おはよ。よく寝たね。」


「おはよう。私もすっきりしてるわ。」


よーし。ならば今日も一日がんばろうではないか。




朝食を済ませたら……出発だ。

この四十四階は特に変わったところもないし、普通にクリアできるだろう。

実際あっさりとボス部屋に到着し、メタリックアンデッドスライムもすぐに仕留めたのだから。


そして地下四十五階。私の予想ではここから様子が変わるはずだが……


まず、通路の広さは変わってない。目分量だけど。それから現れる魔物は……『火球』

アンデッドでなくてもちょっと嫌な魔物、コカトリスだ。石化毒を吐いてくるんだよなぁ。私やクロミには効かないけどアーニャにはかなり危険だよな。だから丸ごと燃やしてやったけどさ。

これが普通のコカトリスなら軟骨がゲットできたんだろうけどさぁー。アンデッドじゃあ何の旨みもない。ちなみにこいつを倒した後に落ちてたのは金色の針。こんなもん何に使うんだ? こんな針で裁縫でもしろってか?


「へー、これ面白そうだし。この針を刺したら魔力譲渡の効率が上がりそうだし。貰っていい?」


「いいよ。それならクロミが持ってた方が有効そうだな。」


魔力譲渡かー。あれって効率悪いんだよなぁ。その点キアラはすごいよな。触れなくても渡せる上にきっと効率だってよさそう。百の魔力を込めて八十以上渡せるんじゃないだろうか。私の体感だけど。


それにしても、雑魚魔物が落とした物にしてはえらくまともだなぁ。珍しい。呪われてたりしないよな? クロミがああ言ってんだから大丈夫とは思うけど。




それから安全地帯に到着するまでに仕留めたコカトリスは五十を超えた。拾った金の針は十五本程度、他には銀の針や黒い針など針ばかり落としやがった。全然コカトリスっぽくないよな。これもここの神のセンスなのだろうか。ちなみに銀の針は刺すと痺れて、黒の針は毒針だった。毒針か……どうしてもスパラッシュさんを思い出してしまうじゃないか。それどころかアッカーマン先生やクソ針まで。前世のことはどんどん忘れていくのに、こんなことは忘れられないんだな。当たり前か……


ちなみにこの階層は罠も毒系が多かった。壁から噴出する毒ガス。壁から突き出てくる槍にまで塗られた毒。落とし穴の下には毒の池まで。クリアさせる気があるのか疑わしくなるラインナップだよな。どこまでここの神は悪趣味なんだよ……


まあいい。ようやく着いた安全地帯だ。再びここで一泊だな。この分だとおそらく五十階が最下層みたいだし、焦りは禁物だ。じっくりと確実に攻略していかないとな。


待ってろよ、アーニャ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る