1618話 地下四十四階の安全地帯

うーん、よく寝たな。目覚めはすっきりだ。あら、隣にアレクもアーニャもいない。早起きなんだな。偉いねぇ。ならば私も起きて、朝の型稽古でもしようかな。今の私は体力も魔力も充実しているからね。


「ニンちゃんおはよー!」


「おおクロミおはよ。早いな。」


「ニンちゃんが遅いんだよー。みんなもう起きてるし!」


クロミが元気そうなのはいいことだ。


「カースおはよう。朝ごはんができてるわよ。」


「おはよ。いつもありがとね。いただくよ。」


いつもながらアレク手ずから用意してくれた朝飯は絶品だな。


ん? あれ?


「ねぇアレク、もしかしてみんなまだ食べてないの?」


「ええ。構わず先に食べるよう言ったんだけど。どうしてもカースを待つんだって聞かないのよ。」


「だって金ちゃんが待つって言うんだもーん。金ちゃんが待つならウチも待つし。」


「クロミが待つなら俺だって待つぜ?」


「ガウガウ」


カムイは別にどっちでもよかったのね。食いしん坊なお前にしては珍しい。


「アーニャにも食べさせようとしたんだけど、頑なに食べてくれなくて……」


なんと……時々この子って心が戻ったりしてるんだろうか。


「そういえばクロミさ。アーニャの魔力の流れがキモいって言ってたよな? 心の中を覗くことってできるか?」


「えー無理だしぃー。こぉーんなに心が壊れた子の中なんか覗いたら帰ってこれなくなるしー。」


覗けるんかい!


「できるのはできるんだな。」


「そりゃあできるけどぉー。ウチまで壊れるなんてヤだしー。」


「ああ、別にいいさ。無理なことを言うつもりはないから。なら俺ならどうだ?」


いつだったか私が酷くうなされてたってアレクが言ってたからな。どんな夢を見てるのか個人的に興味が湧いてきちゃったよ。


「だから無理だしぃー。ニンちゃんの中って頭おかしいほど広いしー。おまけにまーーっ白で何もないから絶対戻ってこれなくなるし!」


「お、おお……そ、そうなのね。いや、分かった分かった。ありがとな。」


よく分からないことが分かった。意外にクロミはよく見てるもんだね。

それにしても、やはり人類が心の領域に踏み込むのは良くないってことだな。神に任せるのが無難だろうな……




朝食も終わったので四十三階の攻略を再開だ。私の魔力が半分を切るまではこのまま飛んで行くぜ。




よーし。もうボス部屋だ。一時間とかかってない。罠も魔物も全て蹂躙してやったからな。さーてここの階のボスは……




前の階と同じだった。たいてい五階ごとにボスって変わるもんな。そしてボスの落とし物は例によってポーションの瓶に入った何か。

匂いは……おお……いい匂いだ。前世で例えるなら大女優がつけてそうな香水。甘く蕩けるような匂いだが甘さの中にも一筋の芯があり、正気と狂気の境を揺蕩たゆたわせてくれるような……私は何を言っているんだ?


「ニンちゃんそれ薄めて使わないと危ないよ?」


「薄めて? 使う? どういうこと?」


それにしてもクロミは詳しいよな。長く生きてるだけあるわ。


「夜のお薬じゃん? 金ちゃんと使うのはいいけどさー。相当薄めないと頭壊れるよ? 金ちゃんの。」


あー……媚薬的な? 感度アップ的な? うーん使い道がないな。アレクはただでさえ感度良好なんだからさ。まあいっか。お土産としてキープしておこう。ベレンガリアさんとかエロイーズさんが喜びそうだし。

でもアレクが興味深そうな目でジロジロ見てくるな……使ってみよっかな……




さて、次は四十四階だ。

しかしやることに変わりはない。全員をミスリルボードに乗せて飛び、目の前は氷の円柱をごろごろと転がすだけ。一応ドロガーに後方の警戒はさせているが、このスピードに追いつけるような魔物はそうそういないだろう。前はカムイも一緒になって警戒してくれてるし、上から落ちてくるタイプの罠なんかは発動したと思ったら通り過ぎてるからあまり関係がない。たまに横から前を塞ぐように刃が飛び出ることもあるが、カムイが素早く教えてくれるからボードを上下させれば済むだけの話だ。


よし。無事に安全地帯に到着っと。起きてから四時間ぐらいしか経ってないんじゃないかな? 魔力も八割は残ってるし。この分なら今日はもうここでしっかり休んでいくとしよう。そうすれば明日には満タン近くまで回復してるだろうし。

さっさと食べて寝よ寝よ。





「よぉ女神、魔王は大丈夫なんか?」


「大丈夫よ。何が心配なの?」


「ちいっと焦っちゃいねーかってことだ。信じらんねぇペースだぜ? さっき四十三階の安全地帯を出たと思ったらもう四十四階だぜ? ボスだって瞬殺だったしよ。こんな風に上手くいってる時ってのぁやべぇんだよ。どこに落とし穴があるか見えなくなるからよぉ?」


「見たところ焦ってはいないわね。少し急いでるだけよ。でもカースにばかり負担をかけ過ぎなのは私も気になるわね。」


「やっぱニンちゃん疲れてるよねー。ニンちゃんの魔力からしたら大した消費じゃないにしてもさー。あれだけの魔法を同時に制御してんだからぁー。そりゃ疲れるよねー。」


「あの魔王が風呂も入らず寝るぐらいだからよ。こりゃあもう少し長めに休んだ方がいいな。とりあえず魔王より先に起きるのはやめとこうぜ?」


「そうね。とことん休んでもらうとするわ。じゃあクロミ、悪いんだけどアーニャを見ておいてもらえないかしら?」


「いいよー。ちょーっと妬ましいけどねー? ニンちゃんのためなら仕方ないし。」


「クロミにゃあ俺がいんだろ?」


「よかったわねクロミ。」


「知んないし!」


この後、アレクサンドリーネは風呂にてカムイを洗った後、カースが眠るシェルターへと入った。そこで、眠るカースの体を軽く拭いてから自分も隣で横になった。


クロノミーネはアーニャを風呂に入れた後、水魔法の中に寝かせた。軽く眠りの魔法も使ったようだった。その後、一人湯船に浸かるクロノミーネから人間一人分の距離を空けてドロガーも入った。この距離が縮まることがあるのかどうか。クロノミーネ次第なのだろう。

赤兜はまだ全然眠くないと思っていたのだが周りがあまりにも静かなため、いつの間にやら眠りこんでいた。

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