1557話 楽園出立

それからしばし抱き合っていた。アレクの胸の中は……暖かい。




いつの間にか眠っていたらしい。

すっきりと目を覚ますと、もう朝だった。よく寝たようだ。今の気分は朝日のように爽やかだな。アレクの寝顔にチュッ。寝顔まできれいだよなぁ。とても人を容易く殺せる女の子には見えないよ。


何度もチュッチュしていたらアレクも目を覚ました。それから朝食。うーん、アレクの料理はおいしい。

おいしいのに……カレーが食べたくなってしまった……前にもこんなことがあったよな。あれは楽園の建設中だったか……

タマネギは普通にあるし香辛料が集まったら挑戦してみるか。カレールーがあればいいのに……さすがに無理か。




さて、腹も膨れたことだし。いよいよヒイズルに帰るとしようかね。まずはアラキ島のアラナカかな。


「ニンちゃんおはよー! 金ちゃんも! ウチらにもちょうだーい!」

「カズマカズマカズマぁー!」


「おはよ。おお、好きに食べるといい。」


アーニャには私が食べさせよう。


「おはよう。昨日は助かったわ。アーニャの世話をしてもらって。」


あら? そうなの。アレクは夕方から私と一緒だったから、その間の世話をクロミに頼んだってことか。こいつ役に立つなぁ。連れてきてよかった。


「いいよー。ニンちゃんの大事な人って聞いちゃあねー? でも金ちゃんそれでいいのぉ?」


「構わないわよ。カースが良ければそれでいいの。」


「じゃあじゃあ! ウチもウチも! 仲間に入れてよぉー!」


「カースが良ければね?」


「ダメに決まってるよ。」


まったくもう。お前と私はズッ同なんだろ?

クロミったらどさくさに紛れてさ。いくら美人な黒ギャルでアレクより魔力が高くてもダメなものはダメだ。胸はアレクの方が大きいし。


「おう……お前ら早ぇな……」


ドロガーも起きたか。昨日はあれからどうなったんだろ。興味ないけど。


「おはよ。お前も食え。そしたらヒイズルに戻るぞ。」


「おう……」


朝から元気ないなー。サービスで遊ばせてやったってのに。




さて、出発しようかね。


「旦那様、お発ちになりますか?」


「おおリリスおはよ。ああ、出るよ。」


「かしこまりました。またのお帰りを心よりお待ちしております。」


「ああ。あいつらのこと頼むな。」


「はい。他の者と同じように扱います。」


リリスの後には執事ゴーレムのバトラー。メイドゴーレムである猫耳のアン、犬耳のドゥ、狐耳のトロワまで揃っている。高かったけどこんな場所だし、買ってよかったなぁ。


「すげぇな魔王……大貴族かよ……」


「大貴族が自宅を娼館にするかよ……」


領地的には充分大貴族だけどね。ここ、サベージ平原の東半分は私の領地なんだから。全然活用してないけど。


リリスたちが玄関前に整列している。そこまでしなくてもいいのに。他の客は珍しそうにこっちを見ている。昨夜泊まった客か。真っ当な冒険者の朝は早いんだよな。普段の私とは大違いだね。


「旦那様、お嬢様、いってらっしゃいませ。」


「ああ、リリスも元気でな。」

「またね。」

「ピュイピュイ」


「ドロガーさんまた来てねー!」


「いや普通に無理……」


おっ、昨日の女か。ドロガーったらモテモテじゃん? やるねー。まあそりゃあ自力でここまで来るのは大変だもんな。




では出発。アーニャには『快眠』

さっき起きたばかりだろうに悪いがね。


『浮身』

『風壁』

『風操』


リリスたちに手を振るも、ほぼ一瞬にして見えなくなる。いつもながら素晴らしいスピードだ。

さて、ここからヒイズルは南東……いや南南東かな? 距離にして八百から千キロルってとこだろうか。安全運転でも二時間あれば余裕で着くかな。


「うわぁー! これが海!? すごいねー!」


海は広いし大きいもんね。でもクロミったら海を見るのは初めてじゃないくせに。王都に行くのに少しだけノルド海の上を通過したときも同じようなことを言ってたぞ。

ここはオースター海だけど、気になることは……


「ヒイズルではこの海は何て呼んでるんだ?」


ドロガーもようやく慣れたようで絶叫しなくなった。まあ下を見ないようにはしてるが。


「んん? 特に名前なんかねぇぜ? たぶん西の海とかじゃねぇか? いや、ここらは北の海か?」


あー、そもそも海に出る人間って少ないもんな。だから西や北の海と呼ぶだけで事足りるんだな。


「なるほど。それなら教えとくわ。この海はオースター海な。ぜひヒイズルに広めておいてくれ。」


「おお。あっ、でもテンモカとアラキの間はカケスルリ海峡って名がついてんぜ?」


カケスルリ……どこかで聞いた名前だな。あー、アラキ島を開拓した蔓喰つるばみの奴か。闇ギルドの分際で歴史に名を残してやがる。やるねぇ。


「それより魔王よぉ……」


「ん? どうした?」


「こっちの姉ちゃんは何モンだ? やけにでけぇ魔力してんじゃねぇかよ……」


あら? 紹介してなかったっけ。


「ウチ? ウチはクロノミーネハドルライツェンだよ。クロミって呼んでいいよ。」


「く、くのろみー? くろみ? んー、クロミだな。俺ぁヒイズルの五等星、傷裂きずさきドロガーことドロガー・アバタムってんだ……けど……」


「どうしたドロガー? 自己紹介の最中にいきなり意気消沈してさ。」


「これでもヒイズルじゃあちったぁ有名なんだがよ……魔王と出くわして以来自信を失くす一方でよぉ……この姉ちゃんだってとんでもねぇ強者の匂いがするじゃねえかよ……」


おまけに楽園で女に個人情報をバラされたことも関係してそうだな。


「ふーん、よく分かんないけど大変そーだね。ウチが慰めてあげよっか! ほーらこうやって!」


おっ、クロミのやつドロガーの顔に胸を押しつけてやがる。サービスいいね。


「……いい胸してんじゃねぇか……張りのある……」


いいや、張りでも大きさでもアレクの勝ちに決まってるな。それにしてもいい歳したオッさんが黒ギャルの胸に顔を突っ込んでる絵……

アウトだな。いや、でもクロミの方がだいぶ歳上だよな? こいつ何歳なんだろ。どうでもいいけど。うーん今日もいい天気だなぁ。

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