1544話 カースの楽園

クタナツを出発してからおよそ二時間。これまた懐かしき楽園に到着した。眼下の景色を眺めるのにゆっくり飛んだからね。

おおー掘立て小屋だけでなく、少しはまともな建物もできてるじゃないか。こんな所に家を建てるなんて酔狂な奴もいたもんだな。


懐かしき我が家の玄関前に着地。今日もしっかり営業してるのかな。玄関の大扉が開けてあるもんな。


「ピュイピュイ」


コーちゃんは玄関外の両脇に置かれた自分のねぐらが気になるのね。もうすぐ昼飯だし、それまでゆっくりしてて。また後でね。


「おかえりなさいませ」


おおっと。執事ゴーレムのバトラーか。当然ながら全く変わってないな。


「リリスはいるか?」


「申し訳ございません。ただいま接客中でございます」


リリスが接客? それって……

まあいいや。


「分かった。手が空いたら来るよう言っておいてくれ。風呂に入ってるから。」


「かしこまりました」


さぁて。ここの風呂は普段入ってるマギトレントの湯船と同じなんだよな。だからお湯的には変化なしだが、内装的には大違いだ。昼飯前にのんびりしようかね。


「お、おい魔王……ここは何なんだ?」


「俺んち。ついでに娼館でもある。遊んでいくか?」


「い、いいのかよ!?」


「構わんぞ。でもお前ローランドの金を持ってないよな? 仕方ないから奢ってやるよ。バトラー、こいつを空いてる女のところへ案内してやってくれ。料金は俺が出すから。」


「かしこまりました。ではお客様、こちらへ。」


「お、おお、悪いな魔王!」


「二、三日したらヒイズルに戻るからな。それまで好きに楽しんでな。」


「おお! よっしゃあ!」


さて、では女達を連れて風呂かな。浄化できれいにはしてあるが、やはり風呂のリラックス効果には及ぶまい。


「アレク、昼食の前にお風呂でゆっくりしようか。あいつらを起こして来てくれる?」


「ええ、今日からここがあの子達の職場だものね。」


あいつらは玄関横に寝かせておいたからな。初日ぐらいゆっくりさせてやろう。


ん? なんだか人が増えてないか? しかも野郎ばかり……ぞくぞくと玄関から入ってきやがった。


「マジだ……」

「あれが魔王……」

楽園エデンの主……」

「ゴクッ……」


私を遠巻きにざわざわしているだけで奥に入る気配もない。客じゃあないのか?

そうこうしているとアレクが女達を引き連れてやって来た。意外にも素直に歩いてくるもんだな。アレクの上級貴族オーラの賜物かな?


「お待たせ。行きましょ?」


「うん。ここの風呂も久々だよね。」


「な、なあ、魔王さんだよな?」


遠巻きに眺めていた奴らの一人が話しかけてきた。私は今から風呂に入るってのに。


「ああ。まあ、そうだな。」


うおっ!? さっきまで遠巻きにしてた奴らが一気に私を取り囲んできた!? 何だ何だ!?


「お、俺! ゲネメスのテミテっす! 半年前にここに来て……」

「俺たちゃブラインドタイタンのペービイと!」

「コーンナムです!」

「ゴッズスノッドのサンメンです!」

「同じくヨンメン!」

「ゴオーメンす!」

「俺んとこは……」




無理……一生懸命自己紹介してくれているようだけど、誰一人として覚えられない。


楽園エデンによく来てくれたな。何か困ってることはないか?」


これでごまかそう。


「あ、あの! 橋と門があると……」

「近くに川がなくて……」

「ノワールフォレストの森の攻略法を……」

「ヘルデザ砂漠で狙い目の魔物は……」


えーい! 一斉に喋るな!


「そこのお前! お前から話せ!」


「は、はい! あ、あの! ここって城門も橋もないじゃないですか。だから毎回渡し屋に料金払って出入りしてるんです……どうにかしてもらえたら嬉しいなぁ……って……」


渡し屋? そんな奴がいるのか……確かにここの堀に橋なんかないし、城門もない。中に入りたければ城壁を越えるしかないんだよな。

そのためには堀を泳いで城壁を登ればいい。浮身が使えないならな。フェルナンド先生は浮身が使えないのにさらりと出入りしていた。よってこの要求は却下だな。


「無理。浮身を覚えるか体を使え。がんばれよ! はい次。」


「近くに川がないから……きれいな水を水屋から買うしかなくて……どうにかならないですか?」


水屋!? 色んな商売する奴がいるんだなぁ……

そりゃここは砂漠の北側だからな。ど真ん中じゃないだけ幸運だろ。川はノワールフォレストの森にまで入らないとないな。


「堀の水を濾過して煮沸して飲め。それよりお前、ここまで来れるほどの冒険者のくせに『水滴みなしずく』も使えないのはまずいぞ?」


水滴は初級魔法。初等学校の下級生ですら使えるんだからさ。


「いや、その、飲み水は足りてるんすけど、料理用に足りないもんで……それより『ろか』とか『しゃふつ』って何すか……?」


しまった。難しい言葉は通じないよな。でもまあ風呂の水を飲まないだけマシなのか? たぶん堀の水よりきれいなはずだが。どうせ不文律でもあるんだろ。


「汚れを取り除いてからボコボコ沸かすんだよ。そしたらだいたいきれいになる。詳しくは俺じゃなくてここの先輩に聞け。その方が確実だ。」


ここには経験豊富な六等星がたくさんいるはずなんだがな。






ふう……だいたい終わった。

話してみて分かったのは、こいつら本気で質問したいわけじゃないのな。私と話すきっかけが欲しかっただけだ。

だから夜にでも宴会に出席することを約束したら、引き返してくれた。それにしてもあいつら大丈夫なのか? よくヘルデザ砂漠を越えてここまで来れたよな? 何人かは八等星や七等星って感じがしたんだよな……

まあいいか。冒険者は自己責任だからな。


さて、風呂に行くか。ちなみにアレクはすでにこの場を離れている。アレクより私が注目を集めるなんて珍しいこともあるもんだ。

まあいいや。私も早く行こう。アレクだけであれだけの女達の面倒を見るのは大変だろうからな。

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