1487話 組合長の譲れないもの

契約魔法が効いているので偽証は不可能。さあ、キリキリ吐いてもらうぜ?


「いるんだな? 闘技場やお前の関係者に、ローランドの者が。」


「ああ……いる……」


「だからどうあっても帰したくないと?」


「個人的にもそうだし……闘技場の運営的にも……許せねぇ……」


ふーん。闘士の中にローランド人がいそうな雰囲気はなかったが、スタッフとかかな?


「で、誰だ? そもそもそいつらは帰りたいって言ってんのか?」


「俺の妻、タチアナだ……帰りたいとは言ってないが……帰りたそうにしている……」


「お前まさか自分ちのことでこれだけもの闘士を動かしたのか?」


大怪我して死にそうなこいつらが可哀想になってきた。


「タチアナは、こいつらにも慕われてるからな……闘技場の聖母なんて呼ばれてる……」


「ふーん。その辺の事情は知ったことじゃない。本人が帰りたいって言うなら帰してやるだけのことだ。」


奴隷として拐われてきた女を妻にしたのは評価してやらんこともないが本人の意思次第だよな。聖母ねぇ……


「た、頼む……やめてくれ……子供たちだっているんだ……」


「俺に言われても知らねーって。本人に帰らないでくれって言えばいいだろ。」


愛があれば大丈夫だろうに。


「ぐっ、ぐぐっ、くそが……」


「あなた……」


おっ、このおばさんが聖母か? いいタイミングで来るもんだな。


「タチアナ……い、行かないでくれ……お、俺は、いや俺だけじゃない……子供たちだって……」


「あなたったら……その話は後で。まずは治さないと……」


おっ、治癒魔法使いか。


「ああ……いい気持ちだ……」


熟年夫婦のイチャイチャを見せられてる気分だ……


「はい終わり。他のみんなも治すから、あなたも手伝ってね。」


「お、おう……」


やれやれ。この組合長は尻に敷かれてるのか? どちらにしても仕方ないな。ひと段落つくまで待っててやるか。それにしてもローランドに帰るチャンスが目の前なのに、それより怪我人を優先するとは……できた人間だ。




闘技場の中でも外でも怪我人だらけで大変だね。私の狙撃をくらってライフル弾が貫通してる奴らはすぐ治せるだろうけど、榴弾をくらって体内にベアリング弾が残ってると大変なんだよな。

仕方ない。その程度ぐらいはどうにかしてやろう。


「体内に残った弾が取り出せない奴はここまで連れてきな。抜いてやるから。」


「助かります。この子からお願いします。」


傷だらけのおっさん闘士でもおばさんから見れば『この子』か。それなりに愛着があるってわけね。


『金操』


「いぎぁ!」


「次。」


無理矢理抜くだけだから痛みは我慢してもらおうか。そこまで面倒は見切れない。


「今度はこの子です。」


『金操』


「おっぐっ!」




こうしてベアリング弾を抜くこと三十人近く。治癒の方もひと段落ついたようだ。


「助かりました。あなた様を狙った相手に対して寛大な処置、さすがイザベル様のご子息ですね。」


「母上を知ってるのか?」


「お顔とお名前ぐらいですけれど。聖女イザベル様は時々王都のスラムで傷ついた人たちを治してくださっていたので。私も遠くからそれを見て、いつかイザベル様のようになりたいと思ったものです。」


「それなら大したものだと思うぞ。いい腕しているように見える。」


「ありがとうございます。ところで……」


「タ、タチアナ!」


組合長のオッさんが泣きそうな顔をしている。傷だらけの面がますます酷くなるぞ?


「私はローランドに帰りたいと思っております。子供たちを連れて。」


「そ、そんな……タチアナ……」


あらら、今度はこの世の終わりって顔してる。


「両親に孫の顔を見せたら……また帰ってきます……テンモカに。」


「タチアナ!」

「うおおおおーータチアナさん!」

「聖母タチアナさん!」

「やった! それでこそ俺らの聖母!」


勝手にやってろって感じだなぁ……

最初から夫婦でよく相談してればこいつらも瀕死の重傷を負わずに済んだろうに。


「他の奴らもしっかり意思を確認しとけよ。それから、連れて帰る便は手配済みだが再びこっちに来るには自分でどうにかしろよ?」


「ええ、分かっております。この人と出会うまでは地獄のようなヒイズルでしたけど……住めば王都って言いますか、今ではここが私の故郷です。」


拐われてここに来たってのになぁ。分からんもんだわ。ある種のストックホルム症候群的な感覚なのだろうか。まあ本人がいいならいいけどね。


「さて、組合長よ。タチアナに免じて俺に手を出そうとしたことは許してやる。だからローランド人をきっちり集めておけよ? そしたら契約魔法も解いてやるよ。」


「ああ、分かってる。俺はタチアナさえいれば他のローランド人奴隷なんぞどうでもいい。むしろ全員解放するのに全然ためらいがないほどいい気分だ!」


正直だねぇ。当たり前なのか。

闘技場の運営に必要だったんじゃないのかよ。それでも奥さんに比べたらどうでもいいってか。組合長失格じゃねーか!

さて、これで領主、闇ギルド、闘技場と主要なところは押さえた。他に必要なのは冒険者ギルドぐらいなもんか。あそこを押さえれば真っ当な方の奴隷商人や奴隷商館を一気に押さえられるもんな。さて、どれぐらいの人数を救出できることやら……

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