1476話 カース VS アレクサンドリーネ

武舞台から降りた私にアレクが走り寄ってきた。


「カース! 見てたわよ。えらく手こずったみたいだったわね。」


「いやぁちょっとやりにくい相手だったもんでさ。それよりアレクこそ大丈夫なの? 残りの魔力が……」


「大丈夫よ。貴族ならいかなる状況であれ戦いから背を向けないものだし。負けないんだからね!」


もーアレクったら。貴族が命がけで戦うのは家の名誉や家族の命が脅かされている時じゃん。こんなお祭りの場合は違うぞ。分かってるくせに。僕らクタナツ者は勝ち目のない戦いからはさっさと逃げるのも当たり前だってのに。もー。


「分かったよ。本気でかかっておいで。アレクがどんな魔法を使おうとも、全て蹴散らしてみせるから。」


「ええ。じゃあ私、二回戦が始まるまであっちの方にいるから。また後でね。」


ああ……アレクが行ってしまった……出番までまだまだ時間があるのに……それまで私のそばに居たっていいのに。


それにしてもアレクの自信は一体何だ? 必勝の策があるって感じではない。むしろ唯一の勝算に全力で賭けているかのようだ。オールオアナッシングの全賭けか?

残り魔力からすれば……使いそうなのは『降り注ぐ氷塊』か『凍てつく氷河』か。きっちり詠唱した上に残り魔力を全部注げばそれなりの威力にはなる。それが当たればアレクは勝てなくもない。

だが……降り注ぐ氷塊なんてただでさえ上空からのんびり落ちてくる魔法だし、私の前でのん気に詠唱なんてさせるはずがない。凍てつく氷河だって同様だ。堅固な氷壁が迫ってくるのは危ないが、そんなの全部解かせばいいだけだ。そもそも詠唱なんてさせる気ないし。

他にはアレクお得意の『落穴』があるが、発動されてから『浮身』を唱えても余裕で間に合う。何なら足元に氷壁を使ってもいいんだし。

他にアレクの魔法で危険そうなのは……『囲う系』かな?


『烈氷円斬』とか『火炎旋風』のように一度囲まれたらほぼアウトのやつ。だけどなぁ……やはり私には効かないもんなぁ。


よし。考えるのはやめた。開始から速攻で決めてしまえばいいだけだ。徹甲弾をぶっ放そう。きちんと胴体に当てればアレクは吹っ飛ぶだけで済む。さすがにドラゴンのウエストコートは貫けないからな。


そうと決まれば座禅を組んで錬魔循環でもしながら残りの試合を見ておこう。残り二試合。この四人の中の誰か一人と三回戦、つまり準決勝で戦うわけか。


第七試合。勝ったのは二級闘士か。魔法のみ部門って一級闘士が出てないみたいだな。


第八試合。勝ったのは騎士? さすがにあれって反則じゃないの? 全身ムラサキメタリックだぞ? 無敵すぎる……結局対戦相手は魔力が切れて倒れた。でも普通に勝利とアナウンスされていた。アリなのか……

名前に聞き覚えがあるような……


まあいいや。錬魔循環に集中しよう……




『決勝トーナメント二回戦! 第三試合を始めます!

一人目は! 氷の戦女神こと! アレクサンドリーネ・ド・アレクサンドル選手! 冷徹な戦いぶりに男どものファンは増える一方! 踏まれたい! 冷たい目で見られながら罵られたい! いっそこの胸を貫かれたい! などなど頭のおかしい声が多数! ぜひとも彼らの望み通りぶち殺してやって欲しい! ヒイズルの恥さらしめ!』


うーん……野太い声が響いてくるなぁ……

「アレックスたーん」とか「うおおー女神様ぁー」とか「その氷の微笑を俺の愛で解かしてやるぜぇー」とか。ふざけんな。アレクが微笑むのは私のためだ。お前らなんかお呼びじゃないんだよ。まったくもう。


『二人目は! そんな女神選手と将来を誓い合った仲! 殲滅の魔王こと! カース・マーティン選手! 女神選手によりますと!「私の身体でカースの指と舌が触れてないところはないわ」とのことです! ざまぁみやがれ! ヒイズルの恥さらしども! 羨ま死ぬといいんです!』


なんだそれ……アレクがそんなこと言ったのか? 言ったとしたら一体いつの間に……

しかも氷の戦女神とか殲滅の魔王とか、変な形容詞が増えてないか? これは司会の姉ちゃんが暴走してるのか? まあ、別にいいけどさ……

うわぁ……罵声がすごい。闘技場全体に消音を使ってもいいが、さすがに盛り下がってしまうだろうからな。残念だが自粛しよう。

代わりにアレクの方を見つめて、両耳を塞ぐポーズ。


そして『黙れ』


よし。静かになった。魔力を込めまくった『拡声』だ。近くにいたら簡単に鼓膜が破れただろうね。武舞台周辺の参加者たちが迷惑そうな目で私を見ている。それでも騒音が静かになっただけマシだろ?


あ、だめか。観客の奴ら……聴覚がイカれたせいで、より一層大声を出してやがる。あーあ。失敗。まあ声援が多いことはいいことだ。結果的に盛り上がったってことで。


『それでは! いよいよ二回戦第三試合を始めます! 見合って見合って!』




『始め!』

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