1452話 シムとゴッゾ先生

沈まぬ夕日亭に帰ってきた。今日もシムはカムイとしっかり狼ごっこをやったようでバテバテだった。


「と言うわけでお前はしばらくこのゴッゾに鍛えてもらえ。オワダに移動するのは豊穣祭が終わってからだしな。何か質問は?」


「あ、ありがとうございます……押忍……」


あからさまに嫌そうな顔してるけど、アレクがいるから反論できないってとこか。こいつ本当に分かってるのか? いくら貴族への紹介状があっても死ぬ時はあっさり死ぬんだぞ? そもそも船が転覆するかも知れないし。オワダ商会の船は丈夫っぽくはあったが……


「さて、酒を飲む前にゴッゾ流の鍛え方を見せてくれよ。蔓喰は若いもんをどうやって鍛えてるのか興味があるからさ。」


「あぁ? ちっとだけだぞ? 俺ぁ酒飲みに来たんだからよぉー。ったくよぉ……おいガキ! こっち来いや!」


「あ、お、はい……」


『風球』


あらら。後から魔法が直撃し、シムは派手に転げた。


「シム! 男の返事は何だったかしら?」


「は、お、押忍!」


おおー、アレクは厳しいな。でも私も母上から言われたんだよな。この返事ができないと強くなれないって。母上が言うのだから本当に違いない。


「お前らが鍛えてやれよ……」


「まあそう言うな。口出しするのは返事の仕方だけだって。後は任せた。」


「ちっ、まあええ……せっかくだぁ。お前らも同じ返事しろや。分かったな?」


「は、オス!」

「兄貴……オス?」

「オス……」


三十過ぎのオッさんどもが押忍押忍と……暑苦しいなぁ。雄だけに? ぷぷっ……


「よぉーしガキぃ、俺を睨んでみろや。親の仇のつもりでよぉ?」


「お、押忍……ひっ!」


顔面凶器のごっつい面して……そりゃシムじゃなくてもビビるだろ……


「なんじゃあそりゃあ! もっと気合いぃ入れて睨んでみろやぁ! 俺ぁ親の仇だぞぉ? オラぁ! てめぇの両親ぶち殺して姉ちゃんぶち犯して売り飛ばしたんは俺だぞぉ? 殺す気で睨めぇ!」


「ね、姉やを!? おまえが! こ、ころしてやる! ころしてやるぅぅぅーーーー!」


おっ、懐にナイフ持ってやがったのか。意外にいい動きするじゃん。腰だめに構えて体ごとぶつかった……が。


「ボケがぁ! 誰が刺せぇ言うたかよ! 睨めって言っただろうが! おらぁ没収だぁ!」


へー。びっくり。手の平で受け止めるとは。刃先が一センチぐらいしか刺さってない。やるなぁ。


「ええかぁ! 睨む時ぁこうだぁ! 殺す気で睨めぇ!」


「押忍!」


おっ、やっとシムが素直になったか。


「お前らもだぁ! ぼさぁっとしとらんでこのガキぃ睨み殺してみろや!」


「オス!」

「オス!」

「オス!」


それにしても……これが闇ギルドの特訓なのか。変わってるなぁ……

他にはどんなことするんだろ。




それから十五分ほど睨み合いは続いた。こっちから見てる分には睨めっこだよな。


「おし、まあこんなもんか。そんじゃ魔王、飲もうぜなぁ?」


「おう。明日から頼むぜ。シム、こいつのことはゴッゾ先生って呼べ。分かったな?」


「押忍!」


「せ、先生? お、俺がか!? へ、へへ……悪くねぇなぁ……俺が先生かよ……ひひひ……」


「よろしくお願いします! ゴッゾ先生!」


「へ、へへ! よぉーし任せとけぇ! おめぇをきっちり一人でも走れるようにしてやるからなぁ!」


走れる? そりゃあ足腰は大事だもんな。


「よぉーう魔王? お前走れるって意味ぃ勘違いしてねーか?」


下っ端のくせにえらく察しがいいな。


「ひひっ、俺らの間で走れるっつったらよ。なぁー?」

「一人でも殴り込みに行けるって意味だからよぉー? こいつぁ度胸がいるぜぇー? お前にできるんかぁ?」


ふーん。十日足らずでそこまで鍛えてくれるのか。ゴッゾって面倒見がいいんだな。

それより私を挑発しているのか? この下っ端三人組は。


「必要とあらば領主邸でも天都でも行くぞ。必要ならな?」


「勘弁しろよ魔王ぉ……お前らもつまらねぇことで魔王に絡んでんじゃねぇぞ? まぁだ分かんねぇのか?」


おっ、ゴッゾにしてはいいタイミングじゃん。


「で、でも兄貴ぃ! こいつ兄貴にタメ口でさぁ!」

「そ、そうっすよぉ! 俺らよりだいぶ歳下のくせに生意気っすよぉ!」

「ホントにカドーデラさんとやったかどうかも怪しいもんですぜー?」


ははぁーん。そんなことを気にしてたのか。それならここは一つ私の練習のために……


「じゃあ一つやってみるか? 素手でいいぞ?」


素足にはならないけどね。


「ほぉん? そんなら俺がやったるぜぇ! おらぁ死ねやぁ!」


おっ、意外といいパンチ。大振りではなく脇がしまっている。私は亀のように身を固める。顔だけガードだ。


「おらぁびびってんのかぁ! まだまだぁ!」


反撃がないと見たのか、決めにきた。右の大振りパンチ。ふふ。


「とどめだぁ! あぐっ!?」


「そこまでだな。まだやるか?」


奴の右拳を狙って籠手ごとぶつかっただけだ。見事に折れたな。殴ってても気付かなかったろ? 籠手はシャツの下だし、最中はハイになるもんだからな。


「あ、当たりめっぎょっ」


それは残念。横腹にブーツの爪先を打ち込んでやった。隙だらけなんだもん。また折れたな。


「てめぇーー!」

「ころっしゃらぁ!」


おっと、二人まとめて来やがった。体を丸めてひたすら防御。首から上さえ殴られなければいい。


「おらぁ! 固まってんじゃねぇぞ!」

「どしたぁ! びびってんのかよぉ!」


ちっ、シャツを掴むんじゃねぇよ! 破れたらどうすんだよ! 仕方ない……襟を掴んだその右拳を両手で挟むように確保して……回れ右、しながら地面へ沈み込む! 全体重を拳から前腕へ乗せる。すると?


「びぎぁあああああっっぅが!」


肘が折れたろ?


「て、てめぇよくも!」


まあ、その代償に隙だらけの顔を二発殴られた。痛いなぁもう……

しかも今は片方の奴の肘を下敷きに、地面に仰向けに寝ている状態だからな。腹を踏まれ放題だ。痛くはないけど少し苦しいんだよな。だが、踏みすぎだな。足もーらい。

踏みつけるために持ち上げた方、ではなく軸足を左脇に抱え込んでやった。このまま下から……金的!


「ひゅっぐっぬぅぅっ……」


蹴り上げて……背中から倒す!

アキレス腱固めの完成だ。


「まだやるか?」


「うっ、うるせ……あぎゃああああぐぅーーーー!」


終わり。っと……危ね。飛び入りかよ。


「何だよ、お前もやるのかよ……」


ゴッゾの奴やる気か? 今の私はめちゃくちゃ疲れてるんだぞ? 勘弁しろよな……


「やっぱおめぇ素手でも強えじゃねぇか! かかってこいやぁ!」


装備の力だってのに。


『麻痺』


「もう疲れたから無理。もし豊穣祭で対戦できなかったら後日やるってことにしろ。いいな?」


「おめぇ……このフニャチン野郎があ! それでも男かぁ!」


「疲れた相手を狙うってそれでも男か?」


「そ、それもそうだな。悪かったぜぇ……」


なんて素直な奴なんだ! 素直すぎて心配になるぞ? 相手が疲れてようが怪我してようが普通関係ないのに。バカな奴だなぁ。


まあいいや。さーて酒飲もう酒。




それにしても……やはり私は素手だとキツいな……寝技とか関節技ってめちゃくちゃ疲れるんだよな……

こんなの勝ち抜けないだろ……

うーん、困ったな。

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