1439話 アレクサンドリーネの散歩
アレクサンドリーネは夜の街を歩いていた。真っ赤なドレスに身を包み、カースから貰った『アルテミスの首飾り』を誇らしげに首に巻いて。また、豪奢な金の髪はミスリルの髪留めでまとめられているため挑発的な瞳を遮ることはない。
明らかに場違いな上に人探しをするような服装ではない。何か考えがあるのだろうか。
その効果はすぐに出た。普段であれば、わらわらと集まってくる軽薄な男達がまったく寄ってこないのだ。アレクサンドリーネの美貌に目を奪われるものの、行動に移せない。その高貴な立ち姿の前に……ただ見惚れるだけだった。
そんなアレクサンドリーネは一体どこを目指して歩いているのだろうか。
足を止めたのは、とある店の前。店名は『
「いらっしゃいませお嬢様。初めてのご来店でございますね。ご指名などございますでしょうか?」
「ええ、あるわ。シムって子はいるかしら? 田舎臭い十歳ぐらいの男の子よ。」
「はて、当館の少年達は皆それなりの美を有しておる者ばかりでございますれば……申し訳ございませんが田舎臭い者などおりませぬ」
「それならいいわ。ここ二、三日の間の新入りもいないわね?」
「あぁ、お嬢様は人を探しておいでなのですね。当館の少年達は皆、身元が確かな若葉ばかりでございます。仰せの条件でしたら『野生の獣館』などがよろしいかと」
「なるほどね。よく分かったわ。邪魔したわね。ああ、そうそう。蔓喰の事務所はここから近いの?」
「え、ええ……さほど遠くはございませんが……」
秀麗童楼を出たアレクサンドリーネ。
「あっちね……」
迷わず歩みを進めた。
さて、このアレクサンドリーネだが人探しのコツを知っているのだろうか? 一軒目の選択はそこまで悪くなかったようだが……シムが何者かに捕まっており、売られてしまっていることを前提としているようだ。この判断は果たして正しいのだろうか?
大通りを颯爽と歩くアレクサンドリーネに誰も声をかけられない……かと思いきや、向かい側から歩いてきたのは貴族らしき一団だった。ここテンモカにはあらゆる階層の人間が遊びに来る。当然その中に貴族がいても何らおかしなことではない。
その一団で中心に位置する……一際仕立ての良い装束をまとった若者がアレクサンドリーネに目をつけた。
「やや? そなた……どこぞの姫君か? このような場所を一人歩きとは危険極まりない。配下に送らせようぞ。おお、申し遅れましたな。私はキヨバル・アラカワ。アラカワと言ってもここの領主とはかなりの遠縁であるがな。」
「ローランド王国はフランティア領クタナツのアレクサンドリーネ・ド・アレクサンドルと申します。宿は沈まぬ夕日亭ですが今は散歩の最中です。どうぞ捨て置きくださいませ。」
「なんと……ローランドの……
して、散歩ですと? そなたのような麗しき姫君が……どうやら仔細があるようですな……いいでしょう。非才の身ではありますが、どうか同道することをお許しいただけませんか? 露払い程度の役には立ってみせますぞ!」
「やめた方がよろしいかと。私の行き先は蔓喰。あなたのような高位貴族が行く所ではありませんわ?」
領主の遠縁でしかないのに高位貴族と断定した理由でもあるのだろうか。
「蔓喰ですか……心配はご無用で。私はここの領主とは本当に遠縁でしてな。面識が一、二度あるかどうかという程度です。どうぞお気になさらないでください。そんなことよりも貴女という可憐な花に傷がつくことを憂うただ一人の男です。」
「付いてくるのは構いませんわ? ですが、くれぐれも私の身にお触れになりませんよう、ご注意くださいませ。」
「ほう……分かりました。露払い以上のことはしないと約束いたしましょうぞ。ではアレクサンドリーネ姫よ、どこへなりとお進みくださいませ。」
一応は貴族として対応したアレクサンドリーネではあるが、最低限の礼は尽くしたとばかりに歩き始めた。
また、彼もそれを不快に思う様子はなく追従していった。連れに向かい軽く手を振ると彼を残してどこかへと行ってしまった。
「姫、どこへ向かっておられるのですか?」
右ななめ後から声をかけてくるキヨバル・アラカワ。
「先ほどお伝えした通り蔓喰のところへですわ。」
「蔓喰がどんな組織かご存知ないのですか? この国の南西部を牛耳る闇ギルドですよ? 貴女のような煌めく朝露が足を運ぶような場所では決してありませんぞ?」
アレクサンドリーネにしては男の言葉がやや理解できなかったようだ……が、さして気にすることもなく、歩みは止まらない。
大通りを過ぎ、道を折れ、路地裏に入り……どんどん辺りは寂しくなり……そして到着した。
看板も何もない大きな建物。周囲の低い建物より何倍も大きく威圧的な建物がそこにあった。
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