1375話 お目付け役グンダユ・タチカワリ

領主邸があるのは街の中心部か。領主の私邸と行政府の機能がセットになっているようだ。つまり普通の貴族領と同じだな。


あの時、スパラッシュさんは容易くヤコビニどころかあいつの息子まで捕まえていたが、アカダの腕前はどうなんだろう。捕らえるより殺すだけの方がよほど簡単だろうけど。


「ねえカース、ちょっと気になったんだけど、蔓食つるばみが静かすぎない?」


あー……


「言われてみれば気になるね。エチゴヤほどじゃなくてもかなり大きい闇ギルドのはずだよね。それなのにさっぱり動きがないね。」


何も気付いてないって可能性もあるが、そんなヌルい奴らとは思えないよなぁ。今日の昼間だってアレクが貧民街で噂をばら撒いたってのに。アレクが貧民街をうろついてるんだぜ? めちゃくちゃ目立ったろうに。


「あ、そういえばカース。朝のあいつ、お目付け役の所には行かなくていいの? ふふ……」


おや? アレクめ、その言い方は……


「行きたいの?」


「カースが行けって言うなら行くわよ。私はカースが言うことなら何でもやるわ。何でもね?」


ふふ、アレクったら。悪い遊びをする気だな?


「じゃあ行こうか。どうせ今夜でヤチロの状況は変わるんだから。あの目付け役に引導を渡すのも悪くないよね。」


「いんどう……? よく分からないけど、とどめを刺すってことよね。やっぱりカースね。分かってたわ。たかが目付け風情でカースに尊大な態度をとってたあの男……許せないわ……」


引導を渡すが通じなかったか。そりゃそうか。元は仏教用語だったっけ? どうでもいいか。


そうなると問題は、あいつの屋敷がどこかってことなんだよね。こんな時都合よく通りかかるのが見回りの騎士なんだけど……いない……「ピュイピュイ」

おお! コーちゃん分かる? そっち?


さすがコーちゃん。夜も感度良好だね。




こっちは貴族街みたいなものかな。いい屋敷が多いな。


「ピュイピュイ」


ここ? あ、よく見たら表札が出てる。この国の貴族は表札を出すのか。門番はいないな。ならば強めにノックしてもしもし。


「何者か!」


「夜分におそれいります。お目付け役様がご所望なされた女を連れて参りました。」


正門横の小さな門が開いた。


「お前……朝のやつか……本当に連れてきたのか……何を考えている?」


「いえいえ、お目付け役様にお喜びいただけるのであればこれしきのこと。入ってもよろしいでしょうか?」


「……入れ……」


こいつだって朝は私から袖の下を受け取ったくせに。これでも少しはまともな方なのだろうか。役人ではなくて目付けの家臣って感じなのかな。


「お前もグンダユ様のところまで行くのか?」


「ええ。やはりご挨拶しておくのは大事ですからね。」


「……その若さで自分の女を躊躇いなく差し出すとは……恐ろしい奴だ……」


差し出すわけないだろ。目付けはアレクに指一本触れることすらできないさ。ふふ……


「いやいや、これも日夜激務に邁進されているお目付け役様に対する領民の務めというものです。」


領民じゃないけどね。


「……そ、そうか……」


それにしてもいい家に住んでやがるな。たっぷり悪いことしてるんだろうなー。




「グンダユ様。朝の女が訪ねて参りました」


「入れ!」


ここは……畳敷の部屋か。寝室? げ、もう布団敷いてやがる。ガツガツしすぎだろ……


「お! おお! 来たか! 待っておったぞ! ささ、入れ入れ! おお、お前、ご苦労だったな! 後日褒美をとらす! 帰ってよいぞ!」


こいつ余裕ないなぁ。だめだねぇ。まあアレクを見ればそうなるのも分からんでもないけどね。


「お召しによりまかり越しました。先にお湯をいただいてよろしいでしょうか?」


「おお! おお! いいとも! ベリソス! 案内してやれ!」


「はい。こっちだ……」


アレクったら焦らすんだから。悪い女だなぁ。さて、それなら私もしれーっと一緒に入ろう。ここの風呂はどの程度なんだろうね。


「一大事でございます!」


おっ? また別の使用人が現れたぞ!


「何事か!」


おお、目付けの顔が仕事モードになった。意外な一面。


「ご領主様の屋敷より火の手が上がっております! 急ぎ駆けつけませぬと!」


「火の手だと!? 一体どうしたと言うのだ!」


「分かりませぬ! ですが遅れをとるわけにはいかぬかと! ご支度をお急ぎくださいませ!」


「ぐむぅ……あい分かった! お前たちも用意せよ!」


あーあ、ばたばたと出て行ってしまったよ。領主への忠誠心って感じじゃないな。自分だけ行かなかったら後で何を言われるか分からないから行くって感じか。

じゃ、私は風呂に行こうかな。確かあっちだったか。


それにしても火の手だと? あいつら火を放ったりしたのかな。この国の建物って木造が多いから大変だよな。


おっ、ここだな。へぇー、生意気にいい木材使ってんじゃん。そして窓が大きい。全部開けると外がよく見えるのか。星見風呂を楽しめそうだな。


「あらカース。やっぱり来てくれると思ったわ。」


「あいつが出かけてしまったからね。たまには人んちでのんびり風呂に入るのもいいよね。」


「全くだわ。宿のお風呂もいいけど、ここみたいに外が見えるお風呂もいいわね。あら、空が明るくない?」


「あー、領主邸が燃えてるんだって。あいつらがやったのかな。」


「それは考えにくいわね。領主本人を狙うなら放火は悪手だわ。でも、すでに領主を仕留めた後なら……あり得るかも知れないわね。」


「なるほどね。はぁ……いい湯だね。」


ホントいい湯だわ。リモンとは微妙に違う柑橘系の香り、爽やかだなぁ。はぁリラックス。真っ暗な空に立ち上がる一筋の炎。これはこれで風流だな。

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