1370話 ある秋のアレクサンドリーネ

潮の香りが私の鼻をくすぐり、穏やかな風が頬を撫でる。聞こえるのは波の音とカースの寝息。

カースを膝枕している時、私はたまらなく幸福を感じてしまう。もちろんカースに抱かれている時も幸せではあるけれど、それとは別種の……何か暖かいものが心に満ちていく。

浜辺には誰もいない。コーちゃんも海に行ってしまった。ここには私とカースの二人だけ。


ヒイズルにやって来て二ヶ月と少し。やっぱりカースと一緒だと色んなことが起こるのよね。道中すら色々あったけれど、まさかここに来てまで神の試練に挑戦することになるなんてね。それがカースったら、神からお断りされるなんてね。すごいなぁ……

ほんの気まぐれで街を一つ壊滅させて、今だって畳欲しさに領主や悪徳商人を潰そうとしている。


畳か……


この国はおかしい。かなり歪んでいる。ローランド王国で言えば点在する各貴族領、その中でもヤコビニ派が影響力を持っていた領地ラフォートやバンダルゴウ……それらに匹敵するような横暴さを感じる。専売制はともかくとして、多数の職人を幽閉してまで作らせるなんてまともじゃない。それをやってしまえば今は良くても次代が育たなくなり、街の産業は壊滅するだろう。

イグサ農家だって同じだ。とてもまともに生産できる状況ではない。領主は一体何を考えているのだろう……


でも、そんなことどうだっていいわ。私はカースと一緒ならそれでいい。それだけでいい。




あれは? 地域の子供達かしら? 海で遊ぶのは危険なのに……こっちへ寄ってくる。


「ねーねー! おねーちゃんなにやってるのー?」

「あーこっちのにーちゃんいやらしいことしてるー!」

「ぼくもそれしたーい!」


カースの頭部にだけ消音をかけた。カースにはまだ眠っておいて欲しいから。


「このお兄さんはね。とても疲れてるの。だから静かにしておいてくれる?」


「つかれてるのー? なんでー?」

「わかったー! よるもいっしょうけんめいだとつぎのひつかれるってとーちゃんがいってたー!」

「おねーさんのあしちょうきれい!」


「このお兄さんは昼も夜も一生懸命なの。それより海辺で遊ぶのは危ないわ。近寄るなって言われてるんじゃないの?」


「いわれてるー! でもおねーちゃんたちいるからー!」

「おねーちゃんたちはよくてぼくらはだめなのー?」

「わーい! はべっ?」


子供が飛びついてきたから風壁を張った。いくら子供でも私の体に触らせる気はない。


「私達がよくてあなた達がだめな理由はね? 弱いからよ。強くなれば誰も文句を言わないわ。好きな所で遊べるようになるわよ。」


この子達はまだ五歳ぐらいだろうか。クタナツ初等学校に入学した頃を思い出すわね。ふふ、あの時のカースったら。


「ふーんどうやったらつよくなれるのー?」

「ぼくもうつよいよー! こないだパナニくんなかせたもん!」

「みえないかべがあるー!」


「学校の先生やお父さんお母さんの言うことをよく聞くことね。後は魔力を鍛えるのか、それとも体力を鍛えるのか。今自分が何をしているかをしっかり意識するといいわ。それから目標となる人物を見つけなさい。」


「おとうさんおかあさんのいうことー?」

「えー? いっつもてつだえしかいわんもーん!」

「このかべなにー?」


「がんばりなさい。さ、怖い魔物が来たわよ。あっちに行きなさい?」


「まものー?」

「ひぃいいいーー!」

「おねーさんつよいのー?」


もう! 危ないって言ってるのに……『風斬』

まあ雑魚だからいいけど……サファギンかしら。食べられる所はないらしいし、魔石をとるのも面倒だし。

『風操』沖に捨てておけばいいわね。


「あれー? まものはー?」

「ひぃいいいーー! とーちゃーん!」

「おねーさんすごーい!」


あんっ、カ、カースの手が……そんな所に……だ、だめよ……子供達が見てるのに……『消音解除』


「ふぁーーあ。おはよ。魔物が来たの?」


「ええ。サファギンが二匹ほど。起こしちゃってごめんなさい。」


「いい寝心地だったよ。すっきりした。ありがとね。ん? この子達は地元の子かな?」


せっかくのカースとの時間が……


「そうみたいね。さ、移動しましょうか。イグサ田に行くんだったわよね。」


「そうだね。今から行って帰ればちょうどいい時間になりそうだもんね。」


あの父親に食べ物を差し入れしてあげる必要もあるわね。ダメな男かと思ったけど、案外真面目な面もあるのね。カースの役に立つなら借金のことは忘れてあげてもいいわね。


「あ、コーちゃんがまだ帰ってきてないわね。」


「あらら。ちょっと呼んでみるね。」


伝言つてごと


学校では習わない魔法『伝言』

使えたら便利なのは間違いないけど、魔力の消費が酷く詠唱もない。そのような魔法って感覚で覚えられない者は一生使えない。私もまだまだね。がんばらないと。




「ピュイピュイ」


「コーちゃんおかえり。楽しかった?」


「ピュイピュイ」


「楽しかったって。アレクにお土産があるそうだよ。」


そう言ってコーちゃんは口から何かを吐き出した。私に?


「まあ! これってエウブレーラの涙じゃない! コーちゃんこれ一体どうしたの!?」


鉱物と岩石の神エウブレーラ様が零した涙が海に落ちて結晶になったと言われる白く輝く宝石。ある種の貝からごく稀に発見されるって聞いたことがあるけど……


「へー、真珠かな。コーちゃんすごいね!」


シンジュ? そんな言い方もあったかしら?


「ピュイピュイ」


「たまたま食べた貝の中に入ってたの? アレクに似合いそうだから? さすがコーちゃん。よく分かってるね!」


「コーちゃんありがとう。大事にするわね!」


「ねーちゃんねーちゃん! みせてみせてー!」

「ぼくもみたーい!」

「すべすべしてそうー!」


「見るだけよ。触ったらだめ。」


せっかくコーちゃんがくれたものだから。失くされたら大変だもの。


「うえー! すげー! きれー!」

「なんとかのなみだっていうのー? ばちきれいなねー!」

「ねーちゃんもきれー!」


「さぁ、ここまでよ。もう帰りなさい。私達も帰るから。またね。」


『風壁』


大人気ないけどこっちに来れないようにしておこう。ここからはカースとの時間なのだから。


「アレクは子供達に大人気だもんね。フェアウェル村でもそうだったね。」


「そうだったかしら? でもエルフの子供達は可愛いらしかったわ。また遊びに行きたいものね。」


「そうだね。行きたいところがたくさんあって楽しみが止まらないね!」


でも、私はカースさえいれば……きっとどこでも。住めば王都って言うし……違うわね。カースと住めば王都ね。


私の居場所、カースの左腕に私の右腕を絡める。私はいつまでもカースと一緒に歩いていく。いつまでも、どこまでも……

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