第1169話 カースの穴掘り
昼。飯だぞーという声が遠くから聴こえた。
「ま、魔王様……昼ですぜ……」
「おう。外まで歩くのはダルいから、みんなこれに乗らないか?」
外までおよそ五百メイル。歩くには少しだるいもんな。
おずおずとミスリルボードに乗り込む職人達。道中にもたくさんいるけど、全員は乗せられないからな。最奥で作業している奴が優先だ。早く出よう。アレクが待ってるからな。
「カース、お帰りなさい。」
「ただいま!」
ううん……なんといい響きだ。この溢れる新婚感! 堪らんな! ん? いい匂いまでするぞ? 肉が焦げたような……
「あっ、まさかあれは!」
「カースの真似してみたの。大きい鉄板で肉と野菜をたっぷり焼いたのよ。」
おおー、アレクの手料理か! ここの奴らにはもったいないか……いや、汗水垂らして働く職人には相応しい料理だな!
「おらぁ! お前ら! 氷の女神様が作ってくださった料理だぁ! きちんと並んでありがたく食べろよー!」
私が作ったわけでもないのに偉そうに言う。でも値千金アレクの料理だもんね。私も並ぼう。
「もう、カースは並ばなくてもいいのに。はい、カースの分よ。」
「おお、ありがとね! うーん、いい匂い。いただきます!」
アレクとラグナが並ぶ職人達の皿に肉野菜炒めを乗せていく。ラグナにこんなことができるとは意外だ。そしてここの職人にちょっと人気がありそうなのも意外だ。やるもんだな。
普段は厨房担当とかがいるんだろうが、たまにはこんな風にわいわい食べるのも悪くないんだろうね。おっ、職人達の分が終わったら次は冒険者達か。こいつらはこいつらで魔物の侵入を防ぐ過酷な仕事だもんな。
「カース君、久しいな。」
「おお? アイリーンちゃん! 久しぶりだね! 元気そうで何よりだよ。」
あー、エロイーズさん達のパーティーもここに来てるんだったか。うーん、強くなってそうだな。魔力は充実してるし体も一回り大きくなったか。そして髪がベリーショートになってる。美少年と言っても通じそうだな。
「カース君は少しも変わってないな。どうしてたんだ?」
「あー、話せば長くなるんだけど山岳地帯に行ってたよ。もちろんアレクもね。」
「ほう? 詳しく聞きたいな。今夜の予定はどうなってる? ここに泊まるのか?」
「あー、未定だね。せっかく来たから一泊ぐらいしてもいいかな。アレクも話したいだろうしね。」
「よし、酒を用意しておくから今夜話そうではないか。エロイーズさんもゴモリエールさんも喜ぶだろう。」
昔はあの二人にまとめて可愛がってもらえる男が羨ましかったが、今ではそうでもないな。私にはアレクがいるからな。
アイリーンちゃんは行ってしまった。あ、しまったな。アレクを待たずに全部食べてしまった。だって美味しかったんだもん。
「おうカース。やっぱお前めちゃくちゃだなぁ。百メイル近く掘り進んだらしいじゃねぇか。」
「掘るだけなら簡単さ。問題はその後だろ? 補強とか石を組んだりとか大変なんだろ?」
半円状に石を組んで天井を支えるには基礎だってしっかり固めなければならない。私は全て無視してまっすぐ掘っただけだからな。この後のフォローが大変なはずだ。職人達には頑張って欲しいね。
ちなみに昼からは少しペースを落として掘り進んでやった。何度か崩れそうになったから『土壁』や『石壁』の魔法で支えを作っておいた。二、三日は持つだろうからその間に何とかするよう伝えておいた。忙しくなるね。私の自家製コンクリートで何とかする手もあるが、ゴーレムの魔石とか石灰岩などの原料がないんだよな。岩や砂利ならいくらでもあるのだが。まあそこらに私が手を出してもロクなことがない。持続可能なやり方で作っていかないとね。
結局この日は二百メイルぐらい掘ったことになる。一年かけて四百メイルのところを悪い気もするが、あくまで掘っただけだからな。ここからが難しいのだ。職人の腕の見せ所ではないだろうか。
この夜は職人達に囲まれて楽しい酒を飲むこととなった。そこにエロイーズさんやアイリーンちゃんまで現れて、私達の山岳地帯武勇伝を話すことになった。
武勇伝と言っても、登るだけだったんだよなぁ。一年間木に登り続けるって意味が分からないよな。
なお、アレクは職人達に大人気でアレクに酌をしてもらうための行列がすごいことになっていた。
アイリーンちゃんだが、私に勝負を挑んでくることもなく、程よく穏やかな人柄になっていた。余裕すら感じるぐらいだ。身嗜みだって不潔娘だった頃の面影はない。冒険者稼業にありながらも小ぎれいだ。色々あったけど成長したんだねえ。偉い。
ちなみにダミアンは宴会の中心でリュートを弾いていた。ラグナが意外にいい声で歌うではないか。びっくり。
うん。楽しい夜だな。こんな夜に警備担当の冒険者には悪いが。私は楽しませてもらおう。
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